不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

眼を開く/マイクル・Z・リューイン

眼を開く 私立探偵アルバート・サムスン (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1792)

眼を開く 私立探偵アルバート・サムスン (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1792)

 私立探偵免許が再発行され、アルバート・サムスンは私立探偵業に復帰する。だが友人のミラー警部(最近大事件の犯人を挙げて名声を得た)は、祝福するどころか、サムスンとの接触を嫌う始末だ。……そんな中、復帰第一号の仕事が舞い込む。依頼は大手弁護士事務所からだったが、その内容は、そのミラー警部の身辺調査だった。友人の身に一体何が? サムスンは、夫と別れて同居するようになっていた娘のサムと共に、調査を開始する……。
 13年ぶりのサムスン・シリーズ最新刊。免許を取り上げられてから、サムスンは尾羽うち枯らし、精神的にも実につらい日々だった模様だ。従来のサムスンであれば、事件関係者を見て思ったことを述懐していた。しかし今回は自らの内面に踏み込む場面が格段に増え、事件そのものは(いかに親友とはいえ)他人の人生の物語だが、小説の中身は事実上、サムスン自身の物語となっている。家族や恋人、友人・知人、地域コミュニティとの関わり合いを通じ、サムスンは長いブランクの中から甦って来る。しかし時は過ぎ去ってしまい、もはや元通りになるものは何もない。絶望は絶望のまま、しかし人は新たな希望を見付けて生を紡ぐ。リューインはそのことを、全編に丹念に織り込んでいる。
 相変らずユーモアに包まれつつも、明らかに翳りの濃くなったシリーズ最新作を、日本で出た単行本全てに(概ね刊行順で)付き合った私としては、万感の想いに駆られつつ読んだ。シリーズ第2作『死の演出者』で、バスケットボールで打ち負かされた少年に(作品内時間で)20年振りのリベンジを果たすシーンなど、懐かしさと時の残酷さに胸がいっぱいになる。サムスン・シリーズの(今のところ)最後に控える作品として、是非既成ファンには読んでもらいたい一冊である。