不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

深夜の市長/海野十三

海野十三全集3

海野十三全集3

 昼は非常にマトモな職に就いていながら真夜中は別の顔ッ!と洒落込んで、深夜のT市を徘徊する《僕》。ある日、彼は死者を持ち運ぶ一団に遭遇し、慌てて逃げ出す。そしてそれが怪しいと警察にも追われる始末。しかし、《僕》はルンペン風の、しかし夜の帝都に隠然たる権力を用いている男《深夜の市長》に出会い、助けられるのだった。一体《深夜の市長》は何者なのか……?
 夜中の大都会(不夜城エリア除く)の、あの独特な雰囲気をベースに、その夜を支配する変な奴(外見はルンペン)がいる、というお馬鹿な発想を羽ばたかせる名作。何の意味もなく床下から侵入する女間諜(玄関や縁側から入ればいいじゃん……と思っていたら、次の侵入は玄関から堂々とやって来て笑った。)、ドタバタ気味の展開、そして引き起こされる昼の市長を巻き込む大醜聞など、所謂《必然性》とやらに縛られない非常にスピーディーかつエキサイティングな物語展開が魅力的。主人公が作中で抱く、淡い恋心や深夜の市長一味への信頼が、ラストに漂う寂寥感・虚脱感に繋がっているようでここら辺は普通に素晴らしい。解説によると、2.26事件のため書きたいことが十全には書けなかった模様で、そう言われると、確かに後半はもっと暴れることもできたと思われる。その意味では非常に惜しい作品だ。
 まあでも十分傑作なので、未読者にはお薦めです。夜の帝都のとても素敵なファンタジー(でも馬鹿)、というのが基本線の、娯楽作品と思し召せ。