不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

晩夏に捧ぐ/大崎梢

 以前杏子の同僚として成風堂にいて、現在は故郷・長野県の老舗書店《まるう堂》に勤める美保は、杏子に、書店員名探偵として名を馳せつつあるバイトの多絵と共に来長を乞う。どうやらまるう堂に幽霊が出るようになり、店主が覇気をなくし、店が存亡の危機に立たされているというのだ。夏休みを利用し、杏子と多絵は老舗書店のピンチを救うため長野に向かう。そして幽霊は、四半世紀ほど前に起きた大作家殺人事件の犯人と目されていた、作家見習い・小松秋郎らしいことが判明する……。
 光るものが何一つ見付からないうえに微妙な欠点だらけの作品で、いかなる意味においても突出した部分がなく、しかも評価に困る情景が、全編だらだら延々と続く。探偵の推理法も論理的根拠が弱く、事件そのものもとても長編向きとは思われない。以下、ネタにもかなり踏み込んで欠点を例示するので、未読者は飛ばしてください。

  1. 幽霊騒動の解決を、寺社や霊媒・拝み屋に頼まず、なぜ名探偵に依頼するのか?
  2. 多絵は書店において日常のしょぼい謎を解いた(と元同僚から聞いた)だけに過ぎないのに、美保はなぜ軽々に勤務先の悩みを打ち明けるのか?
  3. 現地の人の言動からは、県外からド素人の部外者呼ぶほど藁にもすがりたい状況とはとても思えない。*1
  4. 幽霊騒動そっちのけで、幽霊が小松と噂されているというだけ殺人事件を調べ始めるのは、小説として粗雑。
  5. 全登場人物が、幽霊の存在を信じているのかいないのか不分明で、幽霊を鎮めて欲しいのか、幽霊の背後に隠された人為的な陰謀を暴き立ててほしいのか、ニーズがさっぱりわからん。
  6. 現地の人々が、勝手にふらふらやって来て過去を根掘り葉掘り訊く主役コンビに好意的。たまに渋々受け答えする人が出ると、例外なく悪役だったり……。*2
  7. 途中の検証に使用されるのが、探偵役の多絵が自分で作った関係者第一印象一覧表(しかも内容は電波)。
  8. 小松のトラウマを出すのがいかにも唐突で作品のバランスを損ねている。つーか真相そのものがゴチャゴチャ。
  9. 名探偵が書店好きになったエピソードを勿体付けて引っ張るのは、火村英生の「人を殺したいと思ったことがあるから」同様、単にうざいだけ。

 ……などなど、細かく突っ込み始めるとキリがないので、この辺でやめておく。
 以上の欠陥は、しかし、数個程度であれば、作品が駄作になるわけではない。『晩夏に捧ぐ』を駄作たらしめているのは、長所が何一つ存在しないうえに、欠陥が無数にあることだ。このような作品は、個別の欠陥がいかにどうでもいいようなものであっても、駄作にしかなり得ないのである。虫食い算は面白いが、全部虫食いだったら計算にならないのと同様、いつもなら読者側で補完可能だし補完すべき欠点も、それだけで小説を構成されたらお手上げなのだ。
 というわけで、ミステリ・フロンティア最駄作に推戴しておく。もっとも、前作『配達あかずきん』は、書店員を活き活きと描いていて悪くなかった。事件も小ぶり、様々な要素が尺に合う作品だったと思う。また短編に戻るらしい次作を、期待と不安をもって見守りたい。
 あと、解説は前作の座談会に引き続き、書店員の書店員による書店員のためのものとなっている。大崎梢と書店員で一生乳繰り合っておけば良いと思います。

*1:主人公コンビが降り立つ駅のホームで、書店のお客さんの子供さんたちが「歓迎 成風堂書店 名探偵ご一同さま ようこそ まるう堂へ原文ママ)」と横断幕持って笑顔と歓声でお出迎え。現地人の皆さんは客もスタッフも和気藹々、元気がないとされる店主ですらさほど深刻な精神状態には見えない。

*2:見知らぬ人間が自分の過去に土足で上がり込んで来ても、悪人じゃない限りニコニコ応対するはず、という作者の貧困な発想力には疑問を呈さざるを得ない。