不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

表と裏/マイクル・Z・リューイン

表と裏 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

表と裏 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 タフな私立探偵ハンクがインディアナポリスで手荒く大活躍! という感じの小説を書いている作家ウィリー・ワースは、物語の舞台をイギリスに移そうとして四苦八苦していた。そんな折、友人ラリー・ブリンカーが失踪し、ラリーの妻の悲嘆、そして彼の娘バーバラが美しく成長していたこともあって、ウィリーは創作そっちのけで事件に首を突っ込み始める……。ウィリーたちがいる現実パートと、ハンクが活躍する創作パートが交互する、ユーモラスな一編。
 自伝的な作品かと思いきや、ハンクはあまりにもタフガイ(殴りまくり・撃ちまくり・モテまくり)で、サムスンやパウダーとは系統が違い過ぎ、なかなか笑える。ウィリーは素人探偵作業に(警察に無茶苦茶うざがられつつ)没頭し、妻にも心配されるのだが、実はこれには作家としてスランプに陥っているから、という事情もある。妻に仕事をしていると見せかけるため(そして途中で仕事に飽きたこともあり)、ハンクの話が途中からウィリーの独白になったりして、メタ小説としてもなかなか楽しませてくれる。
 ラリーの失踪事件の内容は、ミステリとしては他愛もない。しかし、ウィリーの迷走、彼の家族との交流、そしてバーバラの人物造形などにより、温かさも冷たさも備えた優れた小説として読者の眼前に立ち上がって来る。時期的には『沈黙のセールスマン』の次ということで、笑劇の要素は確かに非常に強まっているが、広くお薦めできる普遍的な要素もある作品と考える。もちろん、リューイン・ファンには強くお薦めします。