不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

緋色の迷宮/トマス・H・クック

緋色の迷宮 (文春文庫)

緋色の迷宮 (文春文庫)

 近所の8歳の少女が失踪した。ひょっとすると、一人部屋に閉じ篭る根暗な息子キースが殺したのかも知れない。写真店を経営するエリック・ムーアは、妻メレディスと共に、そのような不吉な予感に身を焦がす。少女の父親を含め、町の皆も、キースに疑いの視線を投げかけて来る……。
 エリックによる一人称で語れるが、何かが起きた後で、思い返しながら書いていると思われる。強く漂う無力感が堪らない。上記粗筋だけだと歌野晶午『世界の終わり、あるいは始まり』を連想する向きもあるかも知れないが、無論クックなのであのような突拍子もない展開は辿らず、正攻法で、しかし晦渋に、父と子、引いては家族の関係性に切り込んで行く。物語がどのような結末を迎えるかは言わぬが花だが、胸を打つものは確かにあると言いたい。ミステリ的な興趣よりも、家族というテーマに焦点を当てた逸品として強く推したい。