不壊の槍は折られましたが、何か?

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独白するユニバーサル横メルカトル/平山夢明

独白するユニバーサル横メルカトル

独白するユニバーサル横メルカトル

 日本推理作家協会賞受賞の表題作をはじめ、8編が収められた短編集。恥ずかしながら、この作家初読み。
 阿鼻叫喚貪虐血みどろ変態絵巻。小林泰三辺りも相当なものだが、平山夢明は更にその上を行く。とにかく全編が不条理で、耽美的なまでに残酷さ・残虐さを極める。しかも筆致は丁寧そのもの。特異な作品世界に、どっしりとした存在感を纏わせることに成功している。結果、読者が受けるインパクトは真に強烈となり、好むにせよ嫌うにせよ、印象に長く残り、そして背後の意味(あるのか?)を読み取ろうと試みてしまう、そんな後味をもたらすのだった。楽しめる人選びまくりではあるが、私は素晴らしいと思う。
 以下、各編のコメント。
 「C10H14N2(ニコチン)と少年」は、少年たろうが汚らしいおじいさんと公園で出会う物語。不条理な世の中で少年と老人の交流が描かれると思っていたら……という展開が、余計に世の中の不条理や無常を伝えて止まない。
 「Ωの聖餐」。暴力団のために働かされることになった若者が、腐りかけの巨大な男の世話をすることになる。この男Ωは、凄い能力を持っていた……。強烈なシークエンスが眼前で展開されるような、生々しいリアリティーを持って描出される。噎せるような腐臭、そして血の臭い。そして、こ、このネタは、私のオールタイムベスト作品のアレじゃないか……!
 「無垢の祈り」は、母親の再婚相手である義父に、暴力を振るわれまくりの少女が、折から発生している連続殺人事件の犯人に会いたいと願う物語。無垢の祈りは美しいがしかし、その対象が歪んでいる。荒涼たる情感が堪らない一編。
 「オペラントの肖像」は、芸術が一切禁止された未来世界(恐らく核戦争後)における、芸術取締官の物語。芸術というものの本質が、背徳と混沌にあることを鋭く見抜き(もっとも、平山夢明の作風ではそう信じるしかないのだろうが)、恐らく誰もが理想とする《平和》と芸術を、容赦なく対比させる。そしてラストで流れる哀切な虚しさ……。
 「卵男」。レクター博士じみた《私》が、隣の独房205号室から聞こえてくるうめき声の中、女性捜査官と対決する。じわじわとせり上がる恐怖感と嫌悪感を覚えていると、見事な結末がやって来る技ありの一編。ここでも残虐描写と落ち着いた筆致が冴え渡り、効果を一層高めている。
 「すさまじい熱帯」は、怪しい仕事で赴いた熱帯の某国で、主人公と旅の共ドブロクが、色々と巻き込まれる話。展開がかなり無茶苦茶で楽しめるが、やはり血みどろ系と変態系の言葉の使い方が素晴らしくうまいんだよなあ……。
 「独白するユニバーサル横メルカトル」は、題名そのままの語り手(このアイデアだけでかなりの奇想)によって、ある事件の顛末が説き起こされてゆく。口調が召使なのが笑えるが、濃厚に漂う死の空気感が目覚しい。
 「怪物のような顔の女と溶けた時計のような顔の男」は、この作品集の幕を下ろすに相応しい一編。作品集全体を評するために先述した《阿鼻叫喚貪虐血みどろ変態絵巻》という表現は、この作品に最もよく当て嵌まる。主人公のMCは、犯罪組織の依頼によって、工房で生きている人間を……という感じの設定である。しかし、単に残虐なだけではなく、悲哀や虚しさを、たっぷりと、しかしひっそりと、丁寧に作品に埋め込んでゆく。ほとんど天才ではないかと思うほどだ。
 というわけで、いずれ劣らぬ逸品揃い。読者選びまくりなので、広くお薦めはできないが、質が高いことだけは保証しておきたい。後は、倫理コード的・生理的に許せるか許せないか。問題はそれだけなのである。