不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

星からの帰還/スタニスワフ・レム

 127年後の地球に帰還した、宇宙探査船プロメテウス号。しかし文化・文明は、帰還した乗組員たちには理解困難なものに様変わりし、もはや地球上の現代人との間には埋めがたい溝が生まれていたのだった……ということを、帰還した首席パイロット、ハル・ブレッグを一人称の主人公に据え、非常に緻密に描く。
 言葉は通じるのに、そこに込められた概念にお互い通じないものが多く、意思疎通がうまく行かない。レムの筆は社会的なこの断絶を、緻密かつ偏執的・徹底的に描破する。しかも、あくまでこのディスコミュニケーションにのみ焦点を当て、主人公の孤独感に触れる等の感傷的な読者への誘惑を一切おこなわない。全ては左脳で処理され、ありがちな情感は徹底的に排除されている。この手の話であれば、普通の作家ならば《俺を理解してくれる人間なんて誰もいない……》という寂莫たる思いを表出して読者の感情移入を誘う、といった手法をとるだろう。読者もそこで(哀しみや虚無感に満ちているとはいえ、それらはお馴染みの情感なので)息抜きできる。しかしレムは、レムだけは違う。脇目も振らず異文化間の理解と不理解というテーマに、正面きっての全力投球。この結果、世界を揺るがすような出来事は何も起きないにもかかわらず、理知的であると同時に非常に暑苦しいという、稀な小説がここに現出する。主人公の絶望感と焦燥感、強迫観念もさることながら、彼が女性に投げかける熱烈な愛の言葉は非常に印象的であった。レムの小説でお目にかかるとは思わなかったが、よく考えてみると、愛とは究極の理解および不理解と言えないこともなく、この作品で大きなテーマの一つとして扱われるのも納得できる。
 というわけで、これもまた素晴らしい傑作。基本的にレムは今後神として扱うことにします。
 それにしても、この小説を読んだ後では、たかだか127年ですらこれなのに(しかも説得力が強く、さもありなんと思わせられる)、某名作アニメのラストなんか、主人公たちはあの後一体どうするのかと、他人事ながら心配になってくる。『星からの帰還』は、あのラストに製作者が(恐らく)込めたなけなしの《感動》を無効化してしまうような、恐るべき力を秘めた作品でもあるのだ。