不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

グラックの卵/ハーヴェイ・ジェイコブズ他

グラックの卵 (未来の文学)

グラックの卵 (未来の文学)

 浅倉久志編。基本的に真面目な作品(バリントン・J・ベイリーの「四色問題」だけは断じて除く!)を収めた若島正編の『ベータ2のバラッド』とは異なり、バカSFを9編を集めたアンソロジー。まことに素晴らしい。バカSF好きには強くお薦めしたい。以下、各編に簡単にコメント。
 最初のネルスン・ボンド「見よ、かの巨鳥を!」から素敵。巨大な鳥(木星よりもはるかにでかい)が太陽系に飛んでくる……という展開だが、アホであると共にホラーじみたラストも素晴らしい作品。見事にアンソロジーの開幕を告げてくれる。
 続くヘンリー・カットナー「ギャラハー・プラス」も愉快。発明家のギャラハーは、泥酔すると天才的人格が登場し様々な発明をおこなう。しかし今回、泥酔時に請合った複数の依頼内容を、彼は素面になってからすっかり忘れてしまい四苦八苦する。自らを多感な芸術家と嘯くロボット・ナルキッソスも、節々でいい味を出している。
 シオドア・コグズウェル「スーパーマンはつらい」は、超能力者たちが普通の人間たちにウンザリし、新天地として他天体に赴くが……という話。超能力者たちにとっては皮肉と幸福をもたらすオチは何とも温かで良い。
 ウィリアム・テン「モーニエル・マサウェイの発見」は、口先だけは達者なダメ画家のモーニエルと彼の友人が駄弁っているところに、いきなり未来から美術評論家グレスキュ氏がやって来る……という話で、オチは読めるものの、語り口や持って行き方がうまい作品。
 ウィル・スタントン「ガムドロップ・キング」は、寓話じみたファースト・コンタクト児童SF。いきなり出現した宇宙人(王様だと自称し、王冠も被っていたりする)に少年がガムドロップをあげると、お返しに色々聞いてくれる。折りしもこの少年、唯一の肉親である姉が、農場を守るべくいけすかない金持ちと結婚しようとしていた……。少年と宇宙人の会話は、子供らしくてとても可愛いのだが、実は結構ブラックな味わいが印象的である。
 ロン・グーラート「ただいま追跡中」。私立探偵が女を追う。しかし色々邪魔が入って、なかなかうまく行かない。単なるドタバタ劇で、少々印象が薄いのだが、特に問題のある作品というわけでもない。短いし、いいんじゃないでしょうか。
 そして真打登場、ジョン・スラデックの「マスタースンと社員たち」! 経営者マスタースンが独裁的な権力を振るうある会社事務所の物語。言葉遊びと意味不明な情景や展開に満ちた作品で、話が進むにつれ、加速度的にシュールさが増してゆくのは嬉しい。会社勤務ということへの極端かつ強烈な風刺が効いているとも思う。『スラデック言語遊戯短編集』がどのような一冊かは、これを読んでいただければ理解できるだろう。
 ジョン・ノヴォトニイ「バーボン湖」は、お互い妻と一緒に旅に来ていて禁酒している男が、酒で一杯の湖に出くわす。本当に単にそれだけなのだが、思わず酒が愛しくなる作者の筆致が非常に印象的だ。
 最後を飾るのは、ハーヴェイ・ジェイコブズ「グラックの卵」で、絶滅鳥グラックという鳥の卵を探して孵化させてほしい(どこで見付ければ良いかは教えられる)という遺言を受けた男が、卵を探して孵化させるまでの、バカでエッチな作品。オチもアホで素晴らしく、一冊の本を見事に締め括る。展開はかなり意味不明だが、「マスタースンと社員たち」のようにシュールなものではなく、あくまでコントのような体裁をとるのが特徴だ。
 以上9編、駄作のない極めて優良なアンソロジーと言えるが、個人的なお気に入りは「見よ、かの巨鳥を!」「ギャラハー・プラス」「マスタースンと社員たち」「グラックの卵」だろうか。楽しいひとときを過ごせるし、スラデック以外は読みやすいです。