不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

赤い指/東野圭吾

赤い指

赤い指

 会社員・前原は、息子が児童を殺してしまったと聞き、一計を案じる。一方、名刑事加賀は、実父が癌で死にそうなのにもかかわらず一向に見舞わず、従弟の松宮(同じく刑事)に反感を抱かれていた……。
 いつもながら、端正に作られたミステリ。認知症や死その他諸々の老人問題、仮面夫婦家庭内暴力などの家族問題といった、深刻な題材をうまく噛み合わせている。そしてそれを、なかなか興味深い仕掛け、テンポの良い進行、終始保たれる適度な緊張感で味付けし、暗いながらも非常に読みやすい小説を実現している。刑事側と犯人側の人間模様が微妙に重なり合うのも見所の一つ。高い完成度を誇る作品であり、涙腺を狙う場面も設けられ、そっち系の読者への備えも万全だ。東野圭吾のうまさを堪能できるので、嫌いじゃない方はどうぞ。
 以下、読んでいる最中には思い付かなかったある事についてリンクとかメモとか。しかし単なるメモではありながら、『赤い指』と『容疑者Xの献身』を激しくネタバレするので、反転のうえ、トップからは隠します。
 『容疑者Xの献身』に関して、笠井潔は、ホームレスの死を背景に隠し、しかも読者や評論家はその死に気付かなかったわけで、これは、社会的弱者が社会的に不可視になっていることに他ならず問題だ、としている。格差社会まで持ち出すわかりやすさはある意味清々しい。さてこの批判というか難癖*1に対し、『赤い指』は皮肉な態度を取る作品である。認知症を発症した老人、という社会的弱者を、ミステリにおける《仕掛け人》という特権的地位に擁立したのである。これで満足ですよね笠井大先生、という非常な皮肉が込められているようにも思われ、実に興味深い。もっとも、これは私が自分で気付いた(或いは考え付いた)ことではなく、他の人からインプットされた読み方である。公の目に触れやすい類似意見としては、福井健太の日記(8月8日付)を挙げておきたい。また、この読み方は他の人からも聞いたことがある(当時福井健太の日記はまだ更新されていなかった)ので、福井健太だけがこう考えているわけではないことを保証する。
 もちろん、この《仕掛け人》の認知症は実際には偽装だったわけだから、ホームレスと完全にパラレルに捉えることはできない。従って本当に皮肉だったとしても、笠井潔の反論余地は莫大に残されたままだ(蔓葉信博曰く、笠井大先生は反論によって自論を完全に保つことができるらしいしね)。また恐らく東野圭吾は、福井健太型の読解の当否について一切コメントしないだろう。真偽も勝敗も藪や霧の中だが、情報として耳に入れておくに足る読み方ではある。

*1:なお、笠井潔の主張自体は極めて政治的・陣取り合戦的な狙いがあるものと思料される。業界人的には参考になる意見やも知れぬが、残念ながら、本格しか読まない読者以外の読者にとってこの主張は何の意味もなさない。