不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

まるで天使のような/マーガレット・ミラー

 300ドル受取りを頼まれ、サン・フェリスまでヒッチハイクを試みた私立探偵クインだったが、あえなく途中で降ろされてしまう。近くには《天国の塔》と呼ばれる小ぶりの新興宗教団体の施設があった。信徒は全員、財産を寄付し俗世と縁を切って生活することになる。そこで一夜の宿をとることになったクインは、信徒の一人《祝福尼》から、オゥゴーマンの身辺調査を依頼される。翌朝、無事にサン・フェリスに到着したクインは、この調査を実施するが、オゥゴーマンが五年前に事故死したと聞かされる。だがクインは、この出来事にどこか怪しげな雰囲気を感じ取り……。
 ジュリアン・シモンズやエドワード・D・ホックが、ミラーの最高傑作とする作品。人間関係が割とドロドロな田舎町サン・フェリスと、そして表面上静かだが、それがかえって不気味な《天国の塔》が、見事な対象を織り成す。主人公クインを含め、精神状態が結構ギリギリ崖っぷちな人物揃いなのも大変素晴らしい。そしてミラーの筆致は終始あくまで冷静に、文章表現上は決して奇を衒わず、彼らの人間ドラマと、構想した緻密なプロットを、丹念に掘り起こしてゆくのである。
 いかにもエンタメめいた爽快さはない。しかし一方で、重厚でも晦渋でもない。鋭く苦い特別な何かが、読んでいる最中も、そして読後もしばらく、我々の喉に(魚の骨の如く)突き刺さるのである。作品がこのような情感を湛えるのはマーガレット・ミラー唯一人であり、彼女の夫同様、ミステリ史に永く名を留めるべき大家であると考える。そして『まるで天使のような』もまた、彼女の傑作の一つであることは間違いない。一般的な人気が出ないのは仕方ないかも知れないが、閑却されて良い人では断じてないのだ。