不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

美女/連城三紀彦

美女 (集英社文庫)

美女 (集英社文庫)

 初期連城の諸作を容易に連想させる、素晴らしき騙しに満ち溢れた、傑作短編集。主に男女間の感情の絡みを描いているが、そこに技巧的な仕掛けを埋め込み、読者を驚倒させる。特に「喜劇女優」は凄まじく、作者の目的は比較的早い段階で予想できるのだが、そもそもこんな話を思い付いて本当に書き始め、あまつさえ完成度が高いというのは、今更ながら平伏するしかない。凄まじく人工的な物語ではあるが、ここまで磨き抜かれたその美を否定することはできないのだ。
 他の作品も素晴らしい。特に男女間に流れる情念や漂う情感が、実に馥郁たる余韻を残す。離婚寸前の整形外科医が美女の訪問を受ける「夜行の唇」、死の床につく妻と添い寝する夫という構図の「夜の肌」、義妹との浮気を妻に気取られそうになった男が行き付けの飲屋の女将を身代わりに立てる「美女」辺りがそれに当たる。
 以上4作に比べ、アパートで別の部屋に住む家族の崩壊を描く「他人たち」、妻の浮気相手の妻だと名乗る女からモーションをかけられる「夜の右側」、アダルト男優の恋物語っぽく始まる「砂遊び」、殺人容疑で捕まった男がアリバイとしてとんでもないものを持ち出す「夜の二乗」は、ミステリ色がより鮮明である。こちらも実に巧みで素晴らしいのだが、初期連城に比肩または凌駕しているとは言えないだろう。もっとも、これでも物足りなく感じるのは、初期連城を読んでしまった私という読み手の、我儘であると同時に、不幸でもある。
 というわけで『美女』は、大傑作「喜劇女優」を頂点に擁き、男女関係描写が冴え渡る3作、そして初期には及ばないものの絶対水準は相変らず凄まじい4作をもって構成されている。連城ファンにも一般読者にも、広くお薦めできる素晴らしい短編集である。
 誰がどう絶賛していようがどうでもいい。千街晶之が解説で絶賛しているが、それすらもどうでもいい。もちろん私のこのエントリも関係ない。『美女』はただそれだけで掛替えない価値を持つ。ありもしない派閥色を感じるがゆえに読まない、なんて選択肢を視野に入れていい作品ではない。それは連城に対する、そして何よりも『美女』に対する侮辱に他ならないのである。