不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

砂漠で溺れるわけにはいかない/ドン・ウィンズロウ

砂漠で溺れるわけにはいかない (創元推理文庫)

砂漠で溺れるわけにはいかない (創元推理文庫)

 婚約者カレンは異様に子供を欲しがるのだが、自らの出自ゆえニール・ケアリーは戸惑う。かくして結婚間近の恋人たちの諍いが始まるのであった。そんな折、父さんからまたもや仕事の依頼が。今回は、ラスヴェガスから帰ろうとしない86歳の爺さん(元コメディアン)を連れ帰るというもの。今度こそさしたる危険もなさそうだと、ニールは折れる形で引き受ける。しかしこの老人がなかなか手強いうえ、やっぱり背後には変な動きが……。
 プロットがよく整理されていて、物語もテンポ良く進むため、すいすい読める。また、キャラクター間のやり取りもユーモアたっぷりだ。作者は手際よくこの作品を纏めていると評価でき、引き続き好調な訳のおかげもあって、それなりに楽しめる。しかし前作と比較してすらいかにも軽く、ウィンズロウの手遊びという印象は拭いがたい。シリーズの結末としてのこの作品の幕切れが事実上腰砕けなのは、これまでのシリーズの展開を見ていれば予想の範疇とはいえ、『ストリート・キッズ』に感銘を受けた読者が直後にこれを読めば、違和感を抱き困惑するのは間違いないところだ。『ウォータースライドをのぼれ』までを楽しんだ、シリーズのファンだけが読めばそれで良い作品といえるだろう。
 なお、訳者あとがきは(笑える内容ではあれ)やはり疑問。翻訳スピードは遅くても構わないし、東江一紀が時間に比例する成果を挙げたことは、疑いのない事実だ。しかしそのような偉業を達成している人間であってもなお、この手の自己アピールは見苦しいだけである。