不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ゲッベルスの贈り物/藤岡真

ゲッベルスの贈り物 (創元推理文庫)

ゲッベルスの贈り物 (創元推理文庫)

 いつも勝手にビデオをテレビ局に送り付けて来るだけの謎の歌手《ドミノ》の正体を探る、プロデューサーの「おれ」。著名人を次々と手にかけてゆく「わたし」。一方遥か昔の太平洋戦争の頃、無条件降伏寸前のドイツからゲッベルスの贈り物がUボートと共に日本へやって来ようとしていた……。
 ねじれた感性による一本道ミステリ。各登場人物の視点からすれば、この物語は特段の困難には満ちておらず、少なくとも筋立ては紆余曲折していない。しかしながら、我々読者から見ると、この物語は非常に歪に映る。多重視点とその組み合わせ方により、読者を煙に巻く作品といえ、非常に手が込んでいる。
 もう一つの特徴として、登場人物の言動が「ズレている」ことが挙げられよう。普通の人間は恐らくこういう受け答えはしないし、こういう風には考えないだろう、ということを登場人物は各所で大真面目にやらかすのだ。全体通してとぼけた味わいを醸し出しており素晴らしいのだが、作者に《自分が書いている人物は奇矯なのばっか》という自覚があるのかどうか不分明な辺りは、ヲチャー精神*1を掻き立てられる。『ギブソン』『白菊』も同様ではあったが、長編第1出版作品ということもあってか、この特徴がより顕著だ。この作家を考えるうえでは非常に興味深い。
 そもそも、先述のようによくできた作品でもあるので、藤岡真初体験に向いていると共に、奇怪なミステリを好む人には大いにお薦めしておきたい。

*1:ヲチャーというのは、全てをネタとして消費する傾向があるので、私個人はあまり肯定的に捉えたくない。しかしながら、世の中には、ネタ視してこそ楽しめる事物も存在するわけで、一概に否定できない。そして藤岡真の諸作は、作者の意図を無視すれば、ネタ消費こそが愉悦に満ちた読解方法なのである。