不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

天の声/スタニスワフ・レム

 ふとしたきっかけで、人類は宇宙より、正確な周期で反復するニュートリノ線を観測する。地球外知的生命のメッセージか、その文明活動の証拠なのか? アメリカは《マスターズ・ヴォイス》計画を立ち上げ、名立たる科学者たちを集めて研究を開始する。数学者のピョートル・E・ホガースもその一人で、首脳メンバーとして招聘される。そして……。
 ホガースの手記をまとめた、という体裁をとる本書は、雰囲気が通常の一人称小説のそれではない。さすがに学術論文でこそないが、エッセイ・コラム風味というには内容が濃過ぎる感じで、ほとんど哲学書の風格すら漂う。とにかく非常に強靭な作品であり、所謂「小説的な潤い」を求めると跳ね飛ばされるのがオチだ。当然エンターテインメント性もない。*1
 そしてその内容たるや、評判どおり、ファースト・コンタクトものの極北である。まったく異なる存在である地球外の知性に対し、人類が正しく理解を進めることができるのか、という問いに対し、レムは凄まじい深度で突き詰めてゆく。偉大なるレムの脳味噌フル活用。ガチガチの科学論・文明論・文化論・認識論が凝縮されており、人類の限界が実に峻烈に提示される。その厳しい姿勢には畏怖の念を覚えざるを得ない。また人間ドラマ的な側面も微弱であり、常に思索と探求精神が充満しており、気の抜ける瞬間はほとんどまったく存在しない。読者にも相応の覚悟と緊張を要求しているのだ。
 愉快にさくさく読める作品ではない。しかしこの極北ぶりは、やはり傑作としか思えない光輝を纏っているのである。SFに心惹かれる読者には、いずれ必ずトライしてほしい作品。

*1:そもそもレムはSFを、我々の大多数がイメージする意味での《エンターテインメント》とは捉えていない。