不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

千一夜の館の殺人/芦辺拓

千一夜の館の殺人 (カッパ・ノベルス)

千一夜の館の殺人 (カッパ・ノベルス)

 数理情報工学の権威・久珠場俊隆博士が、莫大な遺産を残して死亡した。彼に子供はなかったが兄弟はおり、遺産は主に彼ら血族、そして昔の恩人の子孫に贈られることになっていた。森江春策は相続立会弁護士に任ぜられていた。一方、森江の助手・新島ともかは、同年代の親戚である紗代(久しく会っていなかった)が、この相続の関係者であること、かつ紗代の近辺に危険が迫っていることを認める。そこでともかは、紗代のために単身、久珠場一族に乗り込むのであった……。
 まずまず錯綜したストーリー展開と、よく作り込まれたプロットにトリック・伏線を楽しむことができる本格ミステリ。ただし、OSや量子コンピューター等々の《現代事項》に関する、森江の薀蓄と見解(恐らく芦辺自身のもの)は、相変らず浅薄または強引。
 「まずまず錯綜したストーリー展開」というのも、今回は残念ながら100%プラスに働いているとは言いかねる。余剰物が多いというか、この作品にここまでゴテゴテ装飾が必要であったか否かについては疑問。これには、森江のキャラの(作風に比した)薄さも影響している。真相を装飾の多さで隠そうとしたのであれば、失敗していると言わざるを得ない。《千一夜物語》と殺人物語の絡み方も、いまいちピンと来ない。
 ただし表現意欲は高く、凝った作品であることは間違いないので、芦辺ファンならば楽しめるだろう。