不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

内なる敵/マイクル・Z・リューイン

内なる敵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

内なる敵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 例によって暇なサムスンのもとに、芝居の脚本を書いているという男がやって来る。彼は脚本をホテルにいる男から取り返してくれと依頼するのだったが、内容があまりに奇妙。というわけで、これが嘘で、目的が他にあるのはバレバレ。騙された振りをして一旦話に乗るサムスンだったが、色々あって、真の協力を依頼されることになった。この男はマーチン・ウィレットスンであり、シカゴから逃げて来た人妻メラニーの恋人だった。彼らは人目を忍ぶ恋をしていたため、マーチンは自分がゲイだと見せかけるべく、メラニーを男装させるなど涙ぐましい努力をしていた。《ホテルにいる男》は、シカゴにいるメラニーの夫から送られた探偵であり、メラニーを連れ戻すべく画策していた。サムスンはこの事態を打開しようとするが、メラニーに我が子の殺人容疑がかかっていることが判明する……。
 依頼人の真にやって欲しい依頼内容に辿り着くのに、笑劇をワン・クッション挟む。これがオフビートな感興を生みなかなか楽しい。そして事態の背景である、割とドロドロの恋愛劇と夫婦劇、親子劇が解き明かされてゆく。家庭悲劇の物語でもあり、ロスマクの衣鉢を継ぐハードボイルドらしくて、非常に嬉しい。そしてやはりサムスンの語り口が絶妙で、陰鬱な雰囲気に呑み込まれてもおかしくな『内なる敵』を、サクサク面白く読める作品に仕立て上げている。とはいえこれは、あくまでも表面上の問題であり、背後はやはりドロドロ。単にそれを話の前面に打ち出さないだけであって、サムスンや作者が鈍感では決してないことに、くれぐれも注意してほしい。そして最後には、軽く寂寞たる、しかし明るさ・温かさも感じられる、非常にいい感じの空気が流れるのである。
 個人的には、とても気に入っている一冊。相変わらず読みやすいのも素晴らしい。広くお薦めしたい一冊である。