不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ハイブリッド・チャイルド/大原まり子

ハイブリッド・チャイルド (ハヤカワ文庫JA)

ハイブリッド・チャイルド (ハヤカワ文庫JA)

 大宇宙における二大支配勢力、人類とアディアプトロン機械帝国(実は元々人類が造った機械類)は長きにわたり交戦状態にあった。四桁の年をかけ、じわじわと人類の支配地域は縮小してゆく。しかしある時、800年の時に偏在する奇形児が誕生する。軍は即座に彼を最高司令官である神官に擁く。彼はまるで神のような全知の力をもって人類の勢力を挽回、遂に最終兵器の開発を命ずるのだった。だがしかしそのサンプルBⅢ号が逃げ出す。その兵器は核融合炉を動力源しつつ、周辺の物体を無機物だろうが有機物だろうが取り込み、自律的に戦闘をおこなうものだった。サンプルBⅢ号はペットの姿となってある家に逃げ込む。そこには、死んだ娘の人格をハウス・キーピング・システムに組み込んだ、心を病んだ母親が住んでいた。
 色々あって、サンプルBⅢ号はこの死んだ娘の人格を受け継ぐことになる。そして以後、基本的に少女の形態をとることになるサンプルBⅢ号の逃避行、そして逃げる先での悲劇的な交流を美しく描くSF。文庫にしてほぼ500ページかけて描き出されるのは、結局のところ《愛》である。本来は機械であり道具である彼女が、少女の精神を受け継ぐことで醸し出される《人間的*1》な性格付けは、《愛》というテーマをより明確に打ち出す。主人公である《彼女》以外の登場人物(機械含む)も、最終的には愛に生き、愛に死んでゆく。そして物語の結末も、田中芳樹ならば噛み付きそう*2なテーマにまとまる。
 以上の全てが、とても華麗に綴られる。大原まり子が表現に意匠を凝らしているのは間違いなく、またテーマ的にも彼女は『ハイブリッド・チャイルド』で全力投球とでも呼ぶべきものを見せていると考える。彼女自身、この作品が代表作であることを認めている。私はまだ4冊目なので肯定も否定もできないのだが、傑作であることは間違いない。巷間「華麗」と言われるタイプの小説が苦手でない人は必読だろう。

*1:多分にニンフェット的だが。

*2:同種のオチをアイザック・アシモフが用意したら、解説で噛み付きやがった。信じがたい。