不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

タイタンの妖女/カート・ヴォネガット・ジュニア

 再読。
 皮肉と諦念、そして慰安が美しく調和している一編。
 SF的な要素こそ次々と繰り出されるものの、それらは星新一のように勘弁に、直裁に、素っ気なく提示され、ガジェットに淫するような享楽的な姿勢は皆無。これまた星新一と同様、高い寓話性を湛えている。めくるめいたり、ノリノリで読めたり、なんてことは全くない。文章にもプロットにも贅肉はほとんど付いておらず、ヴォネガットはあくまで落ち着いた挙措で淡々かつヌケヌケと物語を紡ぐ。登場人物は、ドライではないがウェットにも流れない雰囲気にくるまれて、虚しく静かに出番を終らせてゆくのだ。《時間等曲率漏斗》に飼い犬と一緒に突入したラムファードが全知に近くなったり、いきなり火星移民者の地球侵略譚になったり、はたまた水星生物との奇妙な生活が始まったり、タイタンに不時着した異星人(ほとんど機械)が重要な役割を果たしたりするが、全ての出来事は(ラムファードのコア部分のみの予言を除き)話に唐突に、しかし飄々と出来する。これらの事象は確かに互いに密接な関連性を持ち、軽い筆致により状況の急変が糊塗されているとはいえ、それでもなお位相の断絶といきなりの場面転移が幾度となく繰り返される印象が強い。繰り返されるこの断裂の狭間にこそ、そしてこれらの全てをラムファードが予言していて、しかしラムファードですら事態をコントロールしているわけではないという点にこそ、ヴォネガットのほぼ底抜けの虚無感が潜んでいるように思われてならなかった。信念や確信に満ちた、充実した人生を送る人間が誰一人出て来ない点にも要注意。
 素晴らしい、しかし本当にやるせない物語である。話のテンポはすこぶる快調だし、文章も読みやすい。雰囲気もそれほど重くなく、むしろ空とぼけている感さえある。ヴォネガット初体験にいかがでしょうか。