不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

失われた男/ジム・トンプスン

失われた男 (扶桑社ミステリー)

失われた男 (扶桑社ミステリー)

 新聞記者のクリントン・ブラウンは女房エレンと離婚したが、その女房の方は執拗に彼に未だかまって来るのだった。そんなある日、彼は新聞社経営者のオースティン・ラヴレイスに、町を訪ねてきたデボラ・チェイスンの観光案内を仰せつかる。ラヴレイスはデボラの相手を面倒に思い主人公に押し付けられたのだったが、彼と彼女は性格的に相性抜群。彼らは意気投合するのだが……。
 自意識過剰の主人公が一人称で饒舌かつ破滅的に自己肯定を繰り返す(しかし本音では自分の崩壊を意識している)中、矮小にして残酷な物語が、血や暴力、哀愁を添えて語られる。要するにいつも通りのジム・トンプスンだが、これまたいつも通り全然飽きない。高いテンションが全く途切れないうえに、必死にもがく主人公が読者に《何か》を鋭く突き付けて来るからである。なお今回はミステリ的にも形が整えられており、実に皮肉なラストが主人公を襲う。作者の最高傑作ではないが、それでも十分以上に素晴らしい作品だ。やはりこの作家は凄い。訳文も好調を維持。ここからトンプスンに入っても特に問題はないと思うので、広くお薦めしておきたい。なお、当然のことながら、ファンは必読。