不壊の槍は折られましたが、何か?

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特別料理/スタンリイ・エリン

特別料理 (異色作家短篇集)

特別料理 (異色作家短篇集)

 短編集としての『特別料理』本体ももちろん素晴らしいのだが、山本一刀の解説もまた絶妙である。この手の作品の読み方をはっきり書いてくれたからだ。表題作「特別料理」のオチが読めない人はほとんどいないはずである。しかしこの作品は傑作なのだ。なぜか。これは、幕切れへ向けてじっくり重ねられてゆく、心理的に精緻な描写が実に見事だからだ。雰囲気の演出が大変に見事だからだ。都会生活に疲れた人々の憩いの場を温かく、だがしかしそこに潜む恐怖を冷たく描いてやまないからだ。そしてラスト一文に香る余韻!
 他の作品も同様である。確かに、ネタ(オチとは限らない)には非現実的な言動が散見されるかもしれない。だがしかし、エリンはそもそも、これらの作品を決して《リアル》に描こうとしていない。主に都会の人間たちの中に巣食う闇の部分を冷徹に取り上げ、フィクションとして拡大したに過ぎない。つまりは戯画化であり、皮肉であり、最終的には寓話に落ち着くのである。決め時に訪れる雰囲気の瞬間冷却*1は、たまらない魅力を放つ。異色短編作家を代表する短編集として、つまり傑作として、広くお薦めしたい一冊だ。

*1:俗に言う「ぞっとする瞬間」というやつだ。「ぞっとする」=「びっくりする」ではないことに注意。