不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

宇宙創世記ロボットの旅/スタニスワフ・レム

宇宙創世記ロボットの旅 (ハヤカワ文庫 SF 203)

宇宙創世記ロボットの旅 (ハヤカワ文庫 SF 203)

 今は昔、宇宙にはまださしたる乱れもなく、星はみな満天に整然と並んで、上下左右いずれの方向にもたやすく数えることができた頃。そんなよき時代に《無窮全能資格》優等免状を持った二人の(多分)ロボット宙道士トルルとクラパウチュスは、時折り旅に出て、遥かな国の種族に温かな助言と援助の手を差し伸べるのだった……大体において大騒ぎになるわけですが。
 というわけで、レムが贈るシニカルなにして強烈なユーモア、そして言葉遊びに満ちたSF短編集。よく日本語に置き換えたなあとつくづく感心する表現が頻出し、訳者の苦労が偲ばれる。その言葉遊びを除いても、ここで使われるテーマやアイデアは凄まじい。サイバネティクス恋愛詩(マジでそうなっている。これは凄い)、竜の存在確率、身の程知らずの情報バカ(1960年代の作品なのに!)など*1、本当に素晴らしい。正味わずか220ページ(しかも9編所収)の本なのに、何と濃密なことだろう。
 各編のテーマやアイデアは、基本的には《現代文明》に対する皮肉だと思われ、ほとんどの場合、当時どころか21世紀初頭の《現代文明》に着弾しまくりなのは、レムの頭の凄まじさを証して余すところがない。或いは、我々人類の頭の悪さを証して余すところがない。しかも皮肉の質も相当に強烈。読みやすいドナルド・バーセルミ、という我ながらわけのわからない比喩を使いたくなる始末。
 『ソラリス』辺りで、人類の理解を絶した存在を深刻に描きながら、レムという作家はこういうバカSF(でも天才)をも書けてしまうのである。私が彼の神への格上げを検討している理由、わかっていただけたでしょうか? わかっていただけなくても構わんのです。とにかくレムは凄いんです。嘘だと思うなら、試しに山形浩生のホームページに掲載されている、野口幸夫訳のロボット・シリーズ作品3編(単行本未収録作品)を読むが良い。訳者の力もあってもの凄いことになっている。これを凄くないと思う人は、私とは小説の趣味が根本的かつ致命的に合わないのだと思う。本以外の話をしましょう。でも、山形氏のやっていることは違法ではないかと……

*1:以上列記したのは、オチ云々を気にせず言える範囲のものに限られる。オチに関連した凄いアイデアはまだまだあります。