不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

龍の議定書/多島斗志之

龍の議定書(プロトコル) (講談社文庫)

龍の議定書(プロトコル) (講談社文庫)

 移情閣孫文の記念館に作り替え、そのオープン記念式典で訒小平蒋経国を握手させようという凄まじい企画が大手広告代理店に持ち込まれた……。
 辛亥革命フリーメーソンの陰謀だったのだあっ!というトンでも説が炸裂し、1983年当時の日本・中華人民共和国中華民国ソヴィエト連邦共和国・アメリカ合衆国を巻き込む陰謀が展開される国際謀略小説。陰謀の内容自体はケレン味たっぷりで、現実味はほとんどない。だがそこがいい。大体において謀略小説は、本格ミステリ愛好者に敬遠される傾向があるが、実は、工作員自身の人間ドラマに焦点を合わせるか、スケールの大きい国家的陰謀に主軸を据えるかで、かなり様相が異なってくる。前者はともかく後者には、本格ファンの「お馬鹿なプランのぶちかまし食らうの大好き」という嗜好と軌を一にする面がかなりあるのだ。
 多島斗志之は、筆致こそ淡々としているけれども、扱う陰謀の内容はかなりケレンたっぷりであって、終わってみれば毎回かなり無茶な計画を楽しめていることが多い。実は印象よりも遥かに広い層に受け入れられる芸風だと思うのだが、現実はそうなっていない。何が足りないのであろうか。或いは単に不運なだけなのだろうか。それとも、私の目が節穴で、実際は多島斗志之は閑却されても仕方のないゴミ作家なのだろうか。個人的にそんなことだけは絶対にないと思っていて、多島斗志之は凄い実力者だと思うのだが、かくも絶版が多い現実を前にして、悩みは尽きない。
 とはいえ、筆致が非常に抑えられており、人間ドラマ的にも、色々イベントは起きつつ印象としては淡々と進行するので、地味な作品と誤解される可能性が高いことは認める。この静かな文体は完成度に資するものであり、多島斗志之一流の節度の表れとして高く評価したいのだが、世間的にはそうでもないようだ。
 なお、陰謀それ自体はともかく、冷戦構造華やかりし頃の極東アジアの政治バランスを巧みに突く工作員たちの視点は、今から見てもなかなか鋭いものがある。この点でも非常に心憎い作品といえるだろう。
 というわけで、実は広くお薦めしたい作品。手に入りにくいが、まだ古書店とかに普通に転がっているような気がしますけどね。