不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

銃とチョコレート/乙一

銃とチョコレート (ミステリーランド)

銃とチョコレート (ミステリーランド)

 移民の父が亡くなり、母と二人暮しの少年リンツ。彼が住む国では怪盗ゴディバが富豪から財宝を盗む事件が多発、彼に挑戦する名探偵ロイズは子供たちのヒーローなのだった。さて、リンツは父と市場で買った聖書を思い出の品として大切にしていたのだが、それに挟まれてい紙が、ゴディバと関係ありそうなことに気付く。ほぼ時を同じくして、リンツは零落した貴族の子息である苛めっ子ドゥバイヨルに目を付けられて……。
 暗い色調、登場人物の成長(無闇に前向きではない辺りがミソ)など、基本的にはまったくの(しかも好調時の)乙一である。しかも、物語の全体も細部も、ミステリ・表現両面から練り上げられており、読んでいて心地よい*1。もちろん完成度も非常に高く、名職人が本当に端正に仕上げた、もはや芸術の域に達した極上の工芸品といえるだろう。練り上げという意味では乙一の最高傑作*2かも知れず、個人的にはミステリーランドのベスト*3と捉えたい。装丁・挿絵もインパクト大で素晴らしい仕事だ。
 なおミステリーランドは、「かつて子どもだったあなたと少年少女のための」という建前をどのように捉えるかについて、作家のスタンスが非常にバラついている。私としては、『銃とチョコレート』をもってこの建前への完璧な模範回答と高く評価したい。
 というわけで、広くお薦めできる逸品。大人にしろ子どもにしろ、無心に読みさえすれば、読書の原初的な愉悦を覚えることができるだろう。……でも、自信満々の大人に育った人は、小説にも自分の思い込みを押し付けて、「しょせんラノベ」「しょせんジュブナイル」「しょせんエンタメ」とか言うんだろうなあ。目に見えるようです。

*1:爽快な物語というわけではない。念のため。

*2:もちろん読んだ範囲に限定してだが。

*3:同上。