不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

元気なぼくらの元気なおもちゃ/ウィル・セルフ

元気なぼくらの元気なおもちゃ (奇想コレクション)

元気なぼくらの元気なおもちゃ (奇想コレクション)

 一体どう捉えれば良いのか、判断に困る一冊。奇想と言われれば奇想、普通小説と言われれば普通、しかしイヤーな味付けの変な小説揃いであることだけは確実、という短編集だ。
 本当に題名どおりの物語で、しかも麻薬の売人兄弟を淡々と描くだけで終わってしまう「リッツ・ホテルよりでっかいクラック」から、既に(いい意味で)嫌な予感が立ち込める。前半は延々と、田舎生活で虫が出るのが嫌だー嫌だーといい続けていただけだったのに突如として奇想系の話に転換する「虫の園」、よくあるネタだが何故これなのかがよく理解できない「ヨーロッパに捧げる物語」、デイヴだらけの「やっぱりデイヴ」、《エモート》と呼ばれる子供っぽい巨人が人間の半身として一生寄り添う世界での男女間の恋愛を描くが、ラストが唐突かつ何がやりたかったのか判断に苦しむ「愛情と共感」、主人公が一人称で異様にゴタゴタ思弁するものの事象的にはヒッチハイクして下りるだけの「元気なぼくらの元気なおもちゃ」、車関連の言及があからさまなまでに性的な事柄のメタファーである「ボルボ七六○の設計上の欠陥について」、そして「リッツ・ホテルよりでっかいクラック」の続編だがかなり様子が違って、しかも小説に対する作者の信頼や愛情が示されているんだかいないんだか、という「ザ・ノンス・プライズ」。全て変な話であり、シチュエーション自体もなかなか狂っているが、作者の視点もまたどこかおかしい。恐らく他では読めない小説が揃っているわけでで、いずれも唯一無二性を備えていて素晴らしいと思う。
 ただし、爽やかさ、心地よさとはほぼ無縁(読みにくくはない)なので、広くお薦めするには躊躇する。読者は若干選ぶかもしれないし、大丈夫だったとしても《楽しく有意義な読書体験》は恐らく得られないが、そういう小説も全然大丈夫という人には遠慮なくお薦めしておきたい。