不壊の槍は折られましたが、何か?

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エグゾセを狙え/ジャック・ヒギンズ

エグゾセを狙え (ハヤカワ文庫 NV 361)

エグゾセを狙え (ハヤカワ文庫 NV 361)

 神の恩寵において、グレートブリテン島およびアイルランド島北部の連合王国ならびにその他の王国・領土の女王、コモンウェルスの頭首、信仰の擁護者にあらせられるエリザベス2世陛下は、ある早朝、バッキンガム宮殿内の寝室において読書をしていた。ところが突然ドアが開き、怪しげな風体の男が闖入してきたのだった……!
 あれ? フォークランド紛争の話じゃなかったの? という導入部から始まるが、上記エピソードは、主人公トニー・ヴィリアーズの有能ぶり(厳しい警護をかいくぐり、女王陛下の寝室にだって侵入できるんだぜ!)を示すために書かれたに過ぎない。すぐに場面は転換し、フォークランド紛争において実力を発揮した空対艦ミサイル《エグゾセ》を巡る、スパイ・冒険とそれに附随する熱い恋愛劇が楽しめる。アルゼンチン側の主人公ラウル・モンテラが英国空軍のハリアーと空戦したりもするが、基本の舞台はイギリス・フランスであって、フォークランドにおける戦争そのものの活写は少ない*1。トニーとラウルが(戦争においては敵味方に分かれ、しかも穴兄弟であるにもかかわらず)双方なかなかの漢であり、本作戦において心を通わせる辺りが実に味わい深かった。冒険大好きな男性主人公が二人擁立された時点で、ヒギンズ謹製の作品がこうなることは必然だったのかも知れぬ。物語も波乱万丈であり、スパイ劇としても企みに満ちていて完成度は高め。
 重厚な物語を期待されても困るが、娯楽作品を求める向きには遠慮なくお薦めしたい一冊だ。

*1:とは言いながら、戦争の虚しさもしっかり描出する辺り、さすがはヒギンズである。