不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

帽子屋の休暇/ピーター・ラヴゼイ

帽子屋の休暇 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

帽子屋の休暇 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 1882年、夏。避暑地ブライトンにやって来た、光学機器商人である冴えない中年モスクロップは、望遠鏡で遠くから海水浴客をねめまわすうち、ゼナという若き人妻に一目惚れする。とりあえず後を付けて、彼女の息子を助けてやるなどしてお近付きになるモスクロップ。しかしなぜかゼナはいきなりブライトンから去る。そして水族館で発見される女の手首。ゼナが殺されたに違いないと思ったモスクロップは、警察に赴く……。『マダム・タッソーがお待ちかね』同様、スコットランド・ヤードのクリッブ部長刑事が登場する、初期長編。
 帽子屋が出て来ません。もっとも多分、ルイス・キャロルの例の《キチ○イ帽子屋》から採ったと思われるので、読了後、内容と題名の関連性をどう捉えるか頭を使うのも一興だろう。そしてその内容だが、やはりヴィクトリア朝の薫りが美点。ニール・スティーヴンスン『ダイヤモンド・エイジ』のような、正統的で栄光に満ちた時代としてのヴィクトリア朝ではなく、徳岡孝夫が『横浜・山手の出来事』で描き出した、華美だが欺瞞に溢れる時代。そんな陰の空気が、ここには確かに漂っている。モスクロップの言動が客観的に見て、普通に気色悪いという点もそれを助長する。
 事件の真相は、それなりに綺麗にまとまっている。総合的には、佳品と呼んでも良いだろう。ラヴゼイ・ファンなら読まれてはいかが?