不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

遠きに目ありて/天藤真

遠きに目ありて (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

遠きに目ありて (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 再読。
 重度の脳性マヒにかかっている少年・岩井信一が探偵役を務める連作短編集。五編が収められており、いずれも例によって凝った、質の高いミステリとして仕上がっている。そして事件関係者の皮肉な人生模様を、まざまざと燻り出すのであった。
 さて本作最大の特色は、岩井信一と彼を取り巻く人々の関係性にある。短編集全体を通してのミステリ的な仕掛けがあるわけではない。しかし、真名部警部と信一、彼の母親・咲子の親交が深まりつつも、真名部警部が(信一を愛し、咲子に恋愛感情を抱きつつも)、身体障害(およびそれに対する世間の無理解)と戦う母子の姿に、言い知れぬ差を感じ、結局最後まで、家族になろう方面での進展が一切見られないのは興味深い。警部のこの反応は、一応「あいつらすげー。日常的にああだなんて、俺にはとてもマネできない」という尊敬の念から出ていることになっているが、裏には「あいつらと一緒に暮らすと、色々と大変で面倒だ」という自己保守の念も読み取れないことはない。この多義性を許容するほど、天藤真の筆は懐が深く、改めて素晴らしい作家だと思った。10年以上前に初読したとき、「障害者云々うざってえ」と思ったことを懺悔し、撤回しておきたい。