不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ダイヤモンド・エイジ/ニール・スティーヴンスン

ダイヤモンド・エイジ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

ダイヤモンド・エイジ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

ダイヤモンド・エイジ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

ダイヤモンド・エイジ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

 時は21世紀半ば。世界は、人種・宗教・主義・趣味などを共有する人々が構成する《クレイヴ》に細分化されていた。町の隣のブロックは、もう違う国。そんな中、上海の最有力クレイヴ《ネオ・アトランティス》は、ヴィクトリア朝に範をとる社会を形成し、その文化・文明は爛熟の極みにあった。その株主貴族が、自分の孫娘の教育用に、ナノテクを駆使したブック型デヴァイス《プリマー》を作らせる。しかしその違法コピーは、色々あって貧しい少女ネルの手に渡るのだった……。
 『スノウ・クラッシュ』で見せた軽快な挙措こそ控えめだが、《プリマー》の織り成す素晴らしい物語世界と、それに接して成長してゆくネルの姿が鮮やかに描かれる。特に前者は素晴らしい。周辺の情報を勝手に吸収して、徐々に高度化し複雑化してゆくその世界は、これが教育用途であることを完全に忘れさせるほど、物語として興味深いものとなる。入れ子構造の、中の方の物語が、それだけでここまで面白いのは、他に『アラビアの夜の種族』くらいしか記憶にないほどだ。
 で、作者の筆はほぼ恒常的に過剰だ。物語全体のパースペクティヴは正直あまり良くない。ただし、シークエンスはその分強烈であり、時には美しい。とにかく何も考えずに読むのが、一番まっとうな楽しみ方ではないかと思う。サイバーパンク&テクノゴシックの妙味をたっぷりと味わえる、贅沢な逸品だ。