不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

セバスチャン・ナイトの真実の生涯/ウラジーミル・ナボコフ

 わずか数冊の作品を発表して亡くなった小説家、セバスチャン・ナイト。彼の腹違いの弟Vは、兄の伝記を書くため、足跡を辿り始める。『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』は、その伝記であるとの体裁をとる。
 素晴らしい。ただただその一言に尽きる。セバスチャンの像が徐々に立ち上がる様も圧巻だが、それ以上に、弟の兄に対するリスペクトが話が進むにつれ迫真性を備えてくるのが印象的。そして《真実》とやらは解明されない。セバスチャンの人生に関する様々な事柄、そしてそれらに対する弟Vの、兄セバスチャンの人格把握に基づきつつも、結局は各論的な想念。繰り返されるセバスチャンの小説*1からの引用。それらを再構成するのは読者の手に委ねられているが、もとより単一の《真実》は用意されておらず、再構成したところで、《真実の生涯》が完成を見ることは決してない。まさに全ての人間の生涯が迷宮であるように、この作品もまた迷宮となる。
 そして、弟は最後に一つの結論に至る。

 ぼくはセバスチャンなのだ。あるいは、セバスチャンがぼくなのだ。あるいは、おそらくぼくたち二人は、ぼくたちも知らない何者かなのだろう。

 文章も本当に素晴らしい傑作。薄いこともあり、お薦めです。

*1:もちろん架空です。念のため。