不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

残像/ジョン・ヴァーリイ

残像 (ハヤカワ文庫 SF ウ 9-4)

残像 (ハヤカワ文庫 SF ウ 9-4)

 いかにもSFな感じの未来風景の中に、とても叙情的なものを、丹念かつ美しく織り込んでゆく。アイデア・ストーリー的な側面もあるが、魅力の大半はその情緒にある。成長とか進歩とかではなく、今ここにあるものが儚くも掛け替えがない、という感覚。なかなかうまく言えないのだが、そういう点ではほぼ無敵であろう。特に《八世界》を舞台とした作品は、爛熟の極みにありつつも停滞した空気が素晴らしい。
 以下、各作品の紹介とミニコメ。
 「カンザスの幽霊」は、人格のバックデートを取っておくことで、何度でも復活できるようになった世界において、ある交響曲製作者*1が何回も殺されており、今度こそ何とかしようと本人が頑張る話。奇妙なSFミステリであるとともに、ラストはなかなか味がある。
 「空襲」は、体が腐りつつある女性主人公が登場して、仲間と共に過去にタイムスリップし、墜落することになっている旅客機をハイジャックする。集中、これが一番狂っており、同時に怖い作品だ。
 「逆行の夏」は、水星に住む主人公(男)のもとに、月に住む自身のクローン(女)が訪ねて来る物語。生殖機能を伴う性転換さえざくざくできるし、実際ほとんどの人類が一生の間に何度も性転換する未来を舞台に、親族とは何かを問うことで、我々にも訴えかけてくるものがある作品。テーマ性を度外視しても、二人がお散歩中に交わす会話は面白く読めます。
 「ブラックホール通過点」は、各々の人工衛星に単身乗り込み、へび使い座から届く異星文明の電波を捉える仕事に従事する(実際は一度もオフで会っていない)カップルの連帯と孤独を描く。距離感の描き方が絶妙です。
 「火星の王たちの館にて」は、火星に初めて降り立った探検隊の物語。ベースキャンプの地下から、なんかよくわからない物体がモコモコ出て来て、多くの機械が壊れてしまう。パイロットも死んでしまった。よって母船に戻れないので、仕方なくそのまま火星に移民する。色々ドラマもあるので、サバイバル小説としても読めるが、やはり地下からモコモコ出て来たものが何か、というネタで構築された物語であろう。面白かった。
 「鉢の底」は、金星に転がっているが決して半径500m以内に近付けない(近付くと爆発する)《爆発宝石》を探しに、ある男が郊外の荒野に行く話。人類居住地域の端の村に住んでいた少女を同道するのがミソ。
 「歌えや踊れ」は、土星の輪において知能ある植物と共生していた男が、音楽を作るため土星の衛星ヤヌスに降り立つ。「カンザスの幽霊」同様、現代の音楽とは似ても似つかぬ音楽が形作られてゆく。
 「汝、コンピューターの夢」は、ライオンの脳に意識を移して遊んでいたら、人間としての自分の体がどこかに行ってしまい、見つかるまでコンピューターの中で過ごさざるを得なくなった、という男の意識を描く。途中の展開もなかなか不気味だが、ラストもいいですね。
 最後の表題作「残像」は色々考えさせる、少々毛色の異なった作品である。三重苦の人々が作ったコミューンの、独自の生活と文化を描く。問い掛け成分の含有率が高い作品で、SF臭は最後の最後で現れるのみ。ヒッピー文化が隆盛を極めた当時と今とでは、受ける印象も異なろうが、傑作ではあると思う。
 というわけで、各編なかなかの読み応え。『ブルー・シャンペン』の次辺りに是非。

*1:としか言いようがない。だってこの交響曲、天候コントロールして超大規模に演じられるのである。