不壊の槍は折られましたが、何か?

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怪奇探偵小説名作選2 渡辺啓助集 地獄横丁/渡辺啓助

 例によって初体験。久生十蘭が《狂おしき情愛》を描いたとすれば、渡辺啓助は《情念を注がれた狂気》を描いた。十蘭は、あくまで情愛や冒険心など、常識人にも理解可能な心理状態を高揚させることで、結果的に変な状態になる作品が多かったように思う。しかし渡辺啓助は違う。彼が描く人々は元々どこかおかしい。そんな彼らが何らかの出来事により、狂気そのものをますます昂進させてゆく。十蘭がスリラー(古の言葉だが)だったとすれば、渡辺啓助幻想小説に極めて近しい地点に立っているのかも知れない。
 代表作として名高い「聖悪魔」が素晴らしいが、他にも色々と印象的な作品が目白押し。お薦めの一冊であると思う。
 ……ところで、解説で日下三蔵が、近々創元推理文庫から渡辺温の全短編集が出る予定らしい、と書いているのだが、これどうなったのか。まさか没?