不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

楽園の泉/アーサー・C・クラーク

楽園の泉 (ハヤカワ文庫SF)

楽園の泉 (ハヤカワ文庫SF)

 一人の男(中高年)が、赤道直下のインド文化圏において、軌道エレベーターの建設を企画し、建築工事を指揮する物語。はっきり言えば、単にそれだけの話である。しかし超巨大構造物の威容はそれだけで《絵》になる。また、建設予定地に聖山・寺院があることから色々困難が生じたりし、読者を飽きさせない。
 しかし何にも増して、圧倒的に素晴らしいのは、物語世界の《背景》である。建設予定地にある巨大な寺院や遺跡は、千年前の伝説の暴君カーリダーサに起源を持ち、その叙事詩雄大なリズムを刻む。また、十数年前に外宇宙から、人工知能つきの衛星が飛来し、銀河には他にも数多くの文明が栄え(中には、地球やその衛星を作った種族よりも遥かに進んだ文明もある!)ていることを伝えるのだった。
 ここで建設される軌道エレベーターは、夢と希望と未知への架け橋である。しかしその《夢と希望と未知》は《ないかも知れないもの》ではない。宇宙に漕ぎ出せば、必ずや他星の素晴らしい文明に遭遇できるのだ。この壮大なヴィジョンこそ、単なる巨大建築物工事の話でしかあり得なかったはずの物語を、素晴らしいSFに転化させた最大の功労者なのである。
 もちろん考証もなかなか緻密である。しかも読みやすい。傑作の一つとして、広くお薦めしたい作品だ。最近こればっかですな。