不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

継ぐのは誰か?/小松左京

継ぐのは誰か? (ハルキ文庫)

継ぐのは誰か? (ハルキ文庫)

 ヴァージニア大学都市のサバティカル・クラスの面々が、いきなりテレビのモニター上に現れたシルエットに、「(研究仲間の)チャーリイを殺す」というメッセージを叩き付けられる。しかも、当該モニターが放送電波を捉えた形跡はないのだった。教授等に相談すると、どうやら最近、他の大学都市でも同様の殺人予告があり、しかも殺害が予告された学生は実際に死んでいるらしい。チャーリイが危ないと、クラスメイト、教授陣数名、そして科学警察は対策を協議する……。
 最初のうちはSFミステリの様相を呈しつつも、徐々に、地球文明はどこに向かうのか(あるいはどう終わるのか)というところまで、テーマが拡大する。小松左京はあまり読んでいないが、その限りで言えば非常に「らしい」作品だと思った。ディテールの作り込みは、『継ぐのは誰か?』もなかなか手が込んでいるとはいえ、グレッグ・ベアのアレ*1には一歩を譲る気がしてならない。グレッグ・ベアは未開地には逃げなかったからなあ……。しかしながら一方で、示される文明論的な視座、そしてリーダビリティは、『継ぐのは誰か?』の方が優れていると思われる。個人的な嗜好レベルでは『継ぐのは誰か?』を支持したい。読みやすいし、割と広くお薦めしたい。
 ……のだが、刊行当初は近未来だったが現時点では既に《過去》である時代が舞台であり、そこで現実よりも遥かに理想的な社会が構築されているのが不安材料。世の中には色々な人間がいるため、私としてはまったく問題を感じないここら辺に関して、鬼の首を取ったように瑕疵だ短所だと騒ぐ人もいるだろう。しかし一方で、こういう人々が大嫌いな私だって、自分のスタンスこそが正しいという根拠も特にない。世はことほど左様に度し難いのであった。

*1:作品名を伏せるのは、『継ぐのは誰か?』のネタを割らないためである。ベアの方は、最初からどういうネタなのか明示している。