不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

図書館戦争/有川浩

図書館戦争

図書館戦争

 公序良俗を乱し、人権を侵害する表現を取り締まる「メディア良化法」が施行されたパラレル日本。メディア良化法の広範な解釈余地に対抗すべく、図書館法も改正され「第四章 図書館の自由」が加えられた。爾来三十年、法務省下の「メディア良化委員会」と、公共図書館は、それぞれ全国的に武装組織を構え、各地図書館・書店等の敷地内で、死者さえ出すほどの軍事的衝突を繰り返していた。
 そんな中、新人図書館員・笠原郁は、軍事部門である防衛員配属を第一希望として出す。高三のみぎり、自分が前々から発売を今か今かと待っていた書籍を、メディア良化委員会の軍事部門・良化特務機関に書店で取り上げられそうになった彼女は、しかし男性図書館員に書籍共々助けられた。その思い出を胸に、滅法元気な身長170cmの乙女は、鬼軍曹や頼りになる同室者、ライバルたちと共に、本配属後、過酷な図書館勤務の日々を通し、成長してゆくのだった……。
 設定そのものは荒唐無稽である。縦割り行政とはいえ、いくら何でもさすがに、政府の機関同士が大っぴらに殺し合ったりはしないだろう。しかしこれは一種の戯画化と解せば何ら問題はない。児童や青少年に《良書》だけを読ませ、《悪書》を世の中から抹殺しようとする一部ムーブメントをフィジカルな暴力に変容させており、その手の方々に対する煽りは満点であろう。なお荒唐無稽ながらも、細部まで綿密に作り込まれているのはウケ所だ。そしてその上で展開されるのが、《自衛隊っぽい組織》におけるラブコメ! 良い意味でネタとして消化すべき作品と受け止めるのが妥当であろう。
 とはいえもちろん、戯画化の対象が対象だけに、読書大好き人間としては色々考えざるを得ない。特に中盤のパネルディスカッションには、様々なことを考えさせられるはずだ。あくまでエンタメに軸足を置きつつ、問題提起性も抱える、なかなかの良作である。読みやすいし、広くお薦め。
 ……以上は、あくまで、以下の観点からの感想である。

有川浩は、《書物を清純なものだけに限定したい=書物を検閲したい》勢力を痛烈に皮肉ることを(これが主目的というわけではないが)視野に入れて、パラレルワールドを構築した。そのパラレルワールド構築の手段として、自分の得意な(=扱い慣れている)自衛隊っぽい舞台を使ったに過ぎない。

 しかし世の中には様々な読者がいて、そのこと自体が読書の沃野の豊穣を担保している。中には、こんな方向からアプローチを試みる人もいるかも知れない。

有川浩は、自分の得意な自衛隊っぽい話を書きたいだけである。今回彼女は、この目的のため、検閲のために人が戦い、死ぬ、とんでもない世界を構築した。

 この視点からは、『図書館戦争』は単なるおふざけに過ぎず、(その読者が本を好きであるほど)神聖不可侵の《書物》あるいは《人命》に対する許しがたい冒涜と映る可能性がある。どちらが正しいわけでもないと思うが、結論がまったく異なるところに行き着く可能性は高い。人と感想を語り合う局面では注意を要する。もっとも、ここら辺については、あとがきで「月9、月9」と喚き散らしている作者の責任なしとはしない。そこはあんまり強調しない方がいいと思うんですけどね……。