不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

濡れた心/多岐川恭

 同じ女子高に通う、御厨典子と南方寿利。典子は良家のお嬢さんにして神秘的な美少女であり、寿利は明るい美少女であった。二人は惹かれ合い、レズビアンの関係に至る。しかし典子は、御厨に出入りする楯陸一に求婚されており、しかも高校教師である野末兆介にも目を付けられていた。さらには、傍らから典子と寿利の関係を監視するクラスメート、小村トシ(兄は刑事)さえいるのだ。そして一方、典子の母で未亡人の御厨賤子は、亡夫の弟との間で恋愛感情を築きつつ、一向に一線を踏み越えられないでいた。そして、登場人物がどいつもこいつも日記を付ける中、不穏な空気が膨らみ、遂に野末教諭が学校のプールで射殺されるのであった……。
 多彩にして美麗な文体で綴られる、多様な愛の形。主要登場人物はほぼ全員、同性愛・異性愛問わず、色恋沙汰関係で悶々としている。色恋沙汰に直接関係しない人物も、側にいる悩み多き人々に影響され、雰囲気は沈みがちだ。そして全ての叙述は、日記という形で一人称によりおこなわれる。登場人物の内面はかなり克明に記され、読者をドロドロした世界へと誘う。この点がなかなか良い。
 一方、トリック面では若干問題がある。よく作り込まれてはいて基本は感心するのだが、実現は恐らく不可能であろう。より正確に言えば、実現しようと思ったらかなり頑張る必要があるうえに、命を張った博打さえうたねばなるない。私だったら、露顕しないという保証があっても尻込みすると思う。
 とはいえ、だからと言って特段の問題もないようには思う。先述の雰囲気が全編を覆い、様々な恋愛模様を楽しむことができるのであり、なかなか面白い。多岐川恭は練達の名手で、筆運びがたいへんうまかったように記憶する。この特徴はデビュー作から出ていたことを確認でき、非常に意義深い読書であった。もちろん、何も考えずに読んでも楽しめるはず。読みやすくかつ薄い作品でもあり、是非多くの人に読んで欲しい作品だ。