不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

キャッチワールド/クリス・ボイス

Wanderer2006-02-10

 《バロック》という語は元々「歪な真珠」を原語とするとされ、当初は、グロテスクなまでに装飾過多な建物のために使われたとされる。これを踏まえた場合、『キャッチワールド』はワイドスクリーン・バロックという語に極めて似つかわしい作品といえよう。
 2015年、いきなり木星軌道上から結晶状生命体の攻撃がおこなわれ、地球の大都市圏はあらかた全滅する。このときは決死隊を送り込み、人類は何とか束の間の勝利を得るものの、結晶状生命の根拠地アルタイルを叩かない限り、安心できない。というわけで、40年後、地球は六隻からなる宇宙艦隊を結成し、アルタイルを攻撃し敵を殲滅しようとする。その中の一隻、《憂国》の艦長田村邦夫は、瀬戸内海は屋島(島全体が法華宗本山)の僧兵である。彼は、大僧正にして影の摂政、佐々木康雄の推挙によって《憂国》に乗り込む手筈になっていたが、艦長着任直前、広島でおこなっていた不正がばれたため、佐々木と果し合いをする羽目になる。首尾よく佐々木を殺害した田村は、ヤクーツクから《憂国》に乗り込み、大阪受胎調整所で成長中の息子(胎児)にメッセージを残し、勇躍してアルタイルを目指す……のだったが……。
 以上、冒頭からして変なのは明らかだが、以降も全編にわたり、とにかく歪。宇宙に飛び出す前の活劇は、プロット上強い必要性は感じられない。そして航行中における、機械知性との緊張関係とそれに続く惑乱に満ちた展開は、ほとんどの読者にとって、読み始め当初に予想し得るストーリー展開とはかけ離れたものであるはずだ。ガジェットの使い方や並べ方も無茶苦茶であり、意味不明の寸前まで行く。しかし、何が起こったか大枠は一応おぼろげに掴めるようにはなっている。そして最大の読みどころはまさにここ、高いテンションで歪みに歪む物語そのものなのである。好きな人にはたまらないだろう。個人的には非常に素晴らしい作品であると思う。広くお薦めできる作品ではないが、SFファンは必読と考えられる。