不壊の槍は折られましたが、何か?

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無名戦士の神話/マイケル・バー=ゾウハー

無名戦士の神話 (ハヤカワ文庫NV)

無名戦士の神話 (ハヤカワ文庫NV)

 ベトナム戦争の戦死者だが、身元不明の兵士の遺体。その遺体が無名戦士に認定され、アーリントンに埋葬されようとしていた。その遺体を調査中だったメレディス(一人息子がベトナムで戦死している)は、遺体に残された弾丸や手榴弾の破片が米軍のものであることに気付いた。不幸な同士討ちか? 或いは、想像するのもおぞましいが、自軍に故殺されたのか? メレディスは同棲中の恋人の静止を振り切り、軍とは独自に調査を開始するが……。
 基本的にバー=ゾウハーの描く謀略は、東西冷戦に直接起因する出来事=非常にスケールの大きな背景に操られる人々、という図式を描き出していた。血も涙もなく対立する権力構造の中で、人々は大義もなく翻弄される。
 しかし、『無名戦士の神話』は様子が違う。本作でも人間は翻弄される。だがそれは、東西冷戦という当時の世界における最も大局的な構造に直接は起因していない。東西冷戦に密接に絡むベトナム戦争にまつわる物語だが、しかし実はもっと掘り下げられ、より原初的な《戦争》や《国家》というものが直接問われている。普遍化の進行は物語のスケールを個人レベルまで縮めたが、代わりに、血の通った生身の悩みが感じられる。戦争とは何か。正義とは何か。大義とは何か。英雄的行動とは何か。正直、答えのない質問だと思うが、だからこそ深く考えさせられる。中東戦争を経たイスラエル在住のユダヤ人の作品であることに鑑みれば、この問い掛けは重いと言えるだろう。
 というわけで、戦争の前線というものに鋭く切り込む、バー=ゾウハーにおける異色作ではある。しかし他の作品に比べ展開が間延び気味だ。登場人物も精彩を欠くし、その代わりに格調を手に入れたとも言いがたい。どのように評価すべきか難しいところだと思う。テーマ性を重視する読者ならば、バー=ゾウハーの最高傑作はこれだと言う可能性もある。そんな感じ。