不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

アルベマス/フィリップ・K・ディック

Wanderer2006-01-30

 SF作家のP・K・ディックが生きているアメリカは、政敵が次々に暗殺されたため遂に大統領の地位にまで上り詰めたフェリス・フレマントが、国家転覆を目論む秘密結社アラムチェックの存在を主張し、警察国家としての性格を刻一刻と強めつつあった。そんな中、ディックの友人でレコード店員のニコラス・ブレイディは、ある日神秘体験を得た。何かが宇宙から電波を送ってきたらしいのだが、ニコラスはそれをVALISと呼ぶ。VALISからの啓示を仲間たちとともに語り合うニコラスとディックであったが、いつしかフレマントの影がちらつき始め……。
 基本的には『ヴァリス』のヴァリアントであり、基本的なアイデアは、ディックとニコラスが終始異なる人物として描かれているのを除き、同種のものだ。ただし、電波電波した側面はさほど強調されず、国家に対するディック本人の根強い不信感によって明確に裏打ちされた、非常に自伝度の高い作品と呼べる。哀感に満ちた情感が横溢し、いかにも宗教宗教した荘厳な要素はあまりなく、割とすんなりと読める佳品。冒頭の記述を鑑みれば、実は救いのあるラストなのかも知れないと思った。ディックのファンにはお薦め。