不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ヴァリス/フィリップ・K・ディック

Wanderer2006-01-24

 友人グロリアの自殺を食い止められなかったことで、ホースラヴァー・ファットは徐々に狂い始め、自殺を試みたりもした。しかしある日、ファットは神と出会う。神はピンク色の光線の姿をして現れ、フットの脳に膨大な情報を照射するのであった。そしてファットはピンク色の光線によって送られた啓示を秘密経典として記し始める(巻末に全文掲載)。更に彼は、自分が1972年と古代ローマ時代に同時に生きていると知る。これらの体験・知識をディックを含む仲間に話し、議論し、考察を深めるファット。そして彼らは、ファットの経験と微妙にオーバーラップするSF映画ヴァリス》に出会う……。

 楽劇《パルジファル》は、何かを学びとった、何か価値あるもの、いや貴重きわまりないものを学びとったという主観的な印象をあたえる、難解な芸術作品のひとつだ。しかしじっくり調べてみると、頭をかきむしりはじめ、「ちょっと待ってくれ。何の意味もないぞ」といいたくなる。

 以上は、ディック自身が『ヴァリス』で、ワーグナー最後の舞台作品《パルジファル》について述べたことだが、そのまま『ヴァリス』にも当て嵌まる。ここでは膨大な神学的知識に裏打ちされた《ディック教》とも呼ぶべきものが描出される。読者は何かありがたいものが提示されたような心持になるかも知れない。しかしその内容たるや、よく考えると、いやよく考えなくとも完全に電波ゆんゆん正直、私は何一つ理解できない。しかしここには確かに、ディック特有の絶望と救済の、不幸だが落ち着いた同居があるのである。
 凄いことだけは確かな作品。ディック鑑賞の奥の院といえ、ゆめ最初に読もうと思ってはならない。しかしある程度ディックに親しんだなら……このほぼ最後期にディックが至った境地に触れても良いのではないだろうか。