不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

時間飛行士へのささやかな贈物/フィリップ・K・ディック

Wanderer2006-01-21

 『パーキー・パットの日々』と同じく、ジョン・ブラナー編の傑作集。こちらの巻末に、ディック自身による各編改題が付与されている。なかなか興味深い。そして作品自体の質も、変わらず高水準。かなり楽しめる内容となっている。以下、触れられる範囲で粗筋をメモ。
 「父さんに似たもの」は、いつの間にか父が《父に似たもの》になっていたというSFホラー。見てくれが気色悪い異星人(?)の侵略によるもの。当然のことながら、こんなチマチマした核家族相手に侵略しても仕方ないのだが、そこはもちろん作品の質とは無関係だし私も気にしない。息子が味わうサスペンスや冒険(自宅周辺で完結するけど)こそが肝。
 「アフター・サーヴィス」は、現代には存在しない《スウィブル》の修理人が、誤ってタイムスリップし現代のとあるアパートを訪れてしまう物語。《スウィブル》の正体が明かされるや、かなり暗澹とした未来が垣間見れるのが良い。そしてオチもなかなかのもの。突き詰めればタイムパラドックスものか?
 「自動工場」は、戦争を契機に全ての工業製品が自動工場(複数)で全自動で作られるようになった話。しかし戦争が終了しても誰もストップの仕方知らず、不必要なものまでガンガン作られ、地球の資源が枯渇しそうで皆困っている。そして人間は一計を案じ……。オチが全てを物語っている。自動工場の生存本能が面白い。
 「人間らしさ」。人間らしさが欠片も感じられなかった冷たい夫が、とある惑星から帰ってくると、血の通った温かみのある人間に変わっていた。基本的には侵略ものだが、救いがあるというか、奇妙なハッピーエンドを迎える。タイトル通り「人間らしさとは何か」が追求される一編。
 「ベニー・セモリがいなかったら」は、核戦争で壊滅した地球に、他天体の植民地政府から援助目的で軍隊がやって来る。何やらベニー・セモリという奴が、地球の核戦争を扇動したらしいのだが……。巧みな権謀術数が面白い一編。ディックの《権力》への不信感を表す作品でもある。
 「おお! ブローベルとなりて」は、火星やタイタンに住むブローベルという種族(巨大なアメーバ)との戦争においてスパイとして送り込まれ、一日の3/4をブローベルの姿になる体質となった男が、戦争終結後の平和な世の中で煩悶する話。ブローベル側にも似たようなスパイがいて、人類変転後の姿が女性だったため、彼女は彼と結婚するのだが……。ロボット精神科医もいい味を出す奇妙な作品。ディック曰く「みんなが幸福な結末を迎える」と言っているが、流石はディック額面どおりに受け取れないぜ。
 「電気蟻」は、自分がロボットであることを知った会社社長が、自分の脳を自分で色々いじくる話。《認識》と《世界》という、ディックが長らく追求していたテーマ*1が非常に良く出ていると思う。ラストも秀逸。
 「時間飛行士へのささやかな贈物」は、国家的プロジェクトとしてタイムマシンに乗ったクルーたちが、爆発事故に巻き込まれて死んだのだが、なぜか近未来に出現し、何がどうなっているのかよくわからなくなって来た物語。ひょっとすると、これって無限ループなんじゃないかと悩む乗組員の姿が印象的。その他、不安感を煽るだけ煽って劇終。ディックらしく、物語の結末にはあまり関心がないようだ。長編でのディックのスタイルが『パーキー・パットの日々』『時間飛行士へのささやかな贈物』所収の19編中もっとも出た作品だと思う。

*1:調子良く断言しているが、全作品読んだわけでもないので、この点で留保は付けておきたい。いいね、この脚注で留保つけたことにするからね!