不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

パーキー・パットの日々/フィリップ・K・ディック

Wanderer2006-01-19

 再読。とはいえ、『地図にない町』とダブっている作品を除けば内容をほとんど忘れていた。当時の印象はあまり良くなかったことだけ記憶している。しかし今回は十分に楽しめた。ディックにしては平易な内容の作品が揃っており、むしろ入門者にピッタリ。初読時になぜ楽しめなかったのか皆目見当も付かない。これは読み手としての成長なのか。それとも何でも良くなるという脳のユルフン化が進んでいるのか。前者だと思いたい。
 以下、各編の粗筋を書ける範囲で。
 「ウーブ身重く横たわる」は、とある惑星で、宇宙船クルーの食料として調達した豚のような生物が実は知的生命だったという話。偉そうな口ぶりですっとぼけた会話を船長やクルーと交わすウーブが印象的。オチも不気味かつ愉快。
 「ルーグ」は、ルーグという変な奴ら(正体不明。人間か、他の生物か、或いは何かの隠喩なのか)がゴミ箱を漁りに来、家の飼い犬が怯える。ルーグの正体が判然とせず、妙に不安感を掻き立てられるショートショート
 「変種第二号」は、核戦争が勃発しこの段階ではソ連アメリカを圧倒しアメリカは人民・産業もろとも月に逃れるが、アメリカが残した殺人ロボット(自らを再生産可能)が戦況を一変させている。非常に有名な一編といえよう。荒涼たる風景が広がる地球で、自分たちの中にサイボーグがいるかも知れないというサスペンスは強烈。オチも素晴らしく、傑作と断言して構わないだろう。後期ディックを知る者としては、こんなに綺麗にまとまった作品を彼が書くとはある意味信じがたい。
 「報酬」も素晴らしい作品。とある企業に、雇用期間経過後は記憶を消去することを条件に勤務し始めた男が、遂に雇用期間を終える。莫大な給料が支払われるはずだったが、記憶消去前の自分は、その給料の代わりにガラクタを報酬として受け取ることを決めていた……。ディックが警察を病的に疑い、嫌悪していたという背景を知らないと若干ピンと来ないかも知れない。しかし非常に整理された作品であることは確かで、ラストのとある現象はディック臭くて面白い。
 「にせもの」は、外宇宙知的生命と人類が交戦中であるという状況下、ある男が「お前は敵が送り込んできた、人間を真似て作られたロボット爆弾だ」と追求される話。軍や警察に追われるサスペンスはなかなかのもので、オチは皮肉が効いており、またラスト一文が印象的。
 「植民地」は、「さもなくば海は牡蠣でいっぱいだ」の外惑星ヴァージョン。オチは読めるが、「来る、来る、来る、きたーーーー」という感じが味わえるのでこれでいいのです。
 「消耗員」は、イッてしまっているディックの顔が少し出る。しかし、深刻な状況であるにもかかわらず、とぼけた情感を醸すオチが、いい感じに軽妙だ。
 「パーキー・パットの日々」は、対火星人戦争にボロ負けし、かつての生活が崩壊した地球を舞台にした物語。わずかに生き残って各地に点在する人類に、理由不明だが火星人たちは上空から援助物資をドカドカ投下してくれる。そこでカリフォルニア地区の大人たちは余剰物資を集め、人形(等身大)を使ったシミュレーション・ゲームに精を出していた。その人形の名前がパーキー・パットというわけ。で、オークランド地区ではパットよりも大人の人形を使って同様の遊びをしていると知り、カリフォルニア地区のチャンピオンは夫婦揃って勝負に行く……。ラストがどうしてこういう展開になってしまうのか理解できないが、多分何かの隠喩なのだということはひしひしと伝わってくる。荒涼とした世界観が非常に印象的な一編。
 「たそがれの朝食」は、とある朝、大戦が勃発している未来に家ごと飛ばされてしまった家族を描く。テーマがラストにあることは間違いないが、長編を読んでディックの核戦争に対する恐怖感・嫌悪感を受け取っていないと、少々飲み込みにくいかもしれない。
 「フォスター、お前、死んでるところだぞ」は、核戦争に対する不安から皆シェルターを購入するようになった世界で、父のポリシーからシェルターを買ってもらえず、学校で憐れまれたり仲間外れにされたりした少年が、「シェルター欲しいよー」とジタバタする話。皆が持っているから自分も、という感覚は共感をもって迎えられると思うが、それが核シェルターである辺りがディックらしい。閉塞感の強さも特筆もの。
 以上10編、佳作以上が揃っている。先述のように、入門編としてはお薦めである。