不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

あなたをつくります/フィリップ・K・ディック

Wanderer2006-01-18

 精神病院に収容されていた過去を持つルイス・ローゼンは、零細電子オルガン製造会社を経営していた。しかし情調オルガンに押し負けて早晩傾くのは必至の情勢。そこで共同経営者のモーリー・ロックは、起死回生の策として、シミュラクラ(模造人間)の製作を開始する。まず彼は南北戦争時代の北軍陸軍長官スタントンと、かの合衆国大統領リンカーンを製造。しかし、彼らは人間よりも人間らしかった。一方ルイスは、モーリーの娘でよりヤバイ人であるプリスに恋をする。どうやらプリスは、シミュラクラの基本アイデアを父に指南したらしいのだが……。
 シミュラクラという道具立てや、どうやら核戦争があったらしい世相は確かにSF。しかし基本的には、病んだ(?)人々の痛々しい生き様を静かに描く。ラリったような情景はほとんどないし、そもそも劇性があまり強くない。ストーリーの急速展開は終始見られず、陰々鬱々と進む。ルイスのモーリーに対する痛々しい恋慕、リンカーン・シミュラクラの威儀が特に印象的だ。ハインライン夫妻に献呈されているが、それとは裏腹にエンタメ性が薄い作品といえよう。筆致も落ち着いているので、じっくり味わうべき作品だ。個人的には結構好きです。