不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

フェアリイ・ランド/ポール・J・マコーリイ

フェアリイ・ランド (ハヤカワ文庫SF)

フェアリイ・ランド (ハヤカワ文庫SF)

 気候変動により、アジア・アフリカから大量の移民が流入したヨーロッパ。ドールと呼ばれる一種の人工生命体(でもロボットみたいな使われ方をする。生産国は韓国?)が市民生活の必需品となっていた。そんなロンドンで、遺伝子ハッカーのデブ男アレックスは、ギャングの大ボスからドールの遺伝子をいじって繁殖可能にしろと命ぜられる。それを作っている中、アレックスは大ボスの側近を操っている天才美少女イレーナと出会う。彼女はアレックスにドールを盗ませ、電子チップを与えて知性ある《フェアリイ》に変えようとするが……。
 ガチガチの構成や、鋭い人間描写・世相を見る視点があるわけではない。ただただ、近未来だが現代とはかなり異なる様相を呈する、ドールやフェアリイがいる世界を、印象的なシークエンスを用意し、ガジェットを連発・連鎖させて紡いでゆく作品。その奔流に呑まれるような読み方が一番楽しいのではないかと思う。イレーナあんた結局何がやりたかったんだ、という突っ込みはきっと不可だし野暮なのである。じっくりと腰を落ち着けて、登場人物の精神を骨の髄まで味わってやる、という意気込みを持った読書スタンスでは、恐らくこの魅力はわかるまい。あまり構成的な作品ではないが、代わりに、場面場面のインパクトは強いと思う。ラストも非常に美しい。
 というわけで、個人的には非常に楽しんだ。『4000億の星の群れ』がダメだった人もOK、という噂は嘘ではなかった。テクノゴシックの傑作。こういうのが好きな人は必読です。