不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ライズ民間警察機構/フィリップ・K・ディック

Wanderer2006-01-14

 東西冷戦の間隙を縫い、統一ドイツが世界唯一の大国となった世界。THL社によるテレポート装置の発明で、人類はフォマルハウト第九惑星への植民を開始した。ただしテレポートでは、電波を除き、片道通行しかできず、人間や物質が戻ってくるには光速船で何年もかかってしまう。フォマルハウトで植民者は一種のユートピアを築いているらしいが、地球に帰還した植民者はまだ一人もいない。
 という事態は非常に怪しいのではないかと思ったラクマエルは、民間の巨大警察機構ライズ社に支援を受け、倒産寸前の自分の会社に残された最後の恒星間宇宙船で往復36年の旅に出ようとする。国連やTHL社の様々な妨害と共に、テレポート装置の意外な真実が明らかとなる。
 ……という粗筋を見ると、大冒険系の話であるような印象を受ける。しかし実態は笑えるくらい違う。確かに大冒険はするんだが……。そもそも物語の構成が無茶なのである。確かに最後まで読めば「なるほど時系列を入れ替えただけなんだな」とわかるが、いくら何でも、宇宙船でフォマルハウトに行こうとしていた主人公が、何の前置きもなくいきなり自発的にテレポート装置でフォマルハウトに行ってしまうのは、読者を徒に混乱させるだけではないか。そしてフォマルハウトに着いたら着いたで、唐突に出現する幻覚ヴィジョン。この期に及んでドラッグ出すディックかわいいよディック。
 そして結果的に、味方とか敵とかいった表層的なカテゴライズはグズグズとなり、それぞれに変な哀愁や無力感を漂わせて劇終。登場人物表に出て来ない、フォマルハウトへの移住を希望するドイツ人夫妻(一般人)も、情感的には重要な役割を果たす。
 どう見ても失敗作だが、そこここに見て取れる哀感と閉塞感、微妙な希望は切り捨てるには惜しい。もはや私はディックのファンとなってしまっており、冷静な判断は難しいし当てにしてもらっても困るが、一読の価値はあるだろう。