不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

パーマー・エルドリッチの三つの聖痕/フィリップ・K・ディック

Wanderer2006-01-02

 強制徴用等により、太陽系内の他天体に移住させられた人々は、夢も希望もない生活に嫌気が差し、暇を見つけてはキャンDという薬をやって、トリップしていた。そんな中、太陽系外から富豪パーマー・エルドリッチが帰還し、チューZという新たなドラッグを販売しようとする。キャンDの製造販売会社P・P・レイアウトの従業員バーニイ・メイヤスンは、チューZの実態を調査しようと命ぜられるが……。

 ディックが登場人物の幻覚を描くのに、異様な光や色彩の渦、というような抽象的な描写に逃げ込んだり(といったら語弊があるかもしれませんが)せず、あくまでも彼らが経験する具体的な事件としてストレートに書きつづっているところが、かえってすさまじい迫力を生んでいるのではないかと思います。
――浅倉久志「訳者あとがき」 ハヤカワSF文庫版 347p

 これを読んだときは膝を打った。なるほど薬物小説として高い完成度を誇る。また、社会全体、登場人物全員を覆う、やり場のない閉塞感がたまらない。ディックが得意とする、多視点からの展望も物語に興趣を添える。世評が高いのも頷ける、大満足の一編であった。