不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

裏切りの氷河/デズモンド・バグリイ

Wanderer2005-12-19

 元英国情報局員アラン・スチュワートは、元上司のスレイドから、アイスランドである物品の受け渡しを頼まれる。このこと自体は簡単であり、気が進まないながらも引き受けたアランだったが、現地に着くとなぜか酷く邪魔が入る。背後にはソ連情報部の影が見え隠れ。アイスランド人の恋人・エリンも巻き込まれてしまう……!
 アイスランドの氷原とその周辺を舞台にした冒険、そして国際謀略。例によって一気呵成に読める娯楽作品に仕上がっている。全体的な構成も、骨太であると同時によく考え抜かれており、起伏に富み、緊張感も終始高めに推移する。また個人的には、恐らく大多数の日本人にとって馴染みが薄いアイスランドについて、単純化されている気配はあるが、その風土や国民性を伝えてくれるのはありがたかった*1。しかも、それがヒロインを中心とするアイスランド人の登場人物に、行動原理として組み込まれている*2。こうすることで、昨日述べた女性描写の問題もかわしており、なかなか策士だ。
 そんなこんなで、完成度が非常に高い作品だと思う。『高い砦』と並ぶバグリイの代表作とされているのもむべなるかな。広くお薦めしたい作品である。

*1:もう一つの趣味が趣味なので、大陸側のヨーロッパ諸国については、朧にイメージを持っていたりする。とはいえ、「この国の国民・文化はこんな感じである」と明確に定義しイメージを固着化するのは、度を越えて乱暴かつ野蛮だとしか思えないので、オンオフ問わずあまり触れたくない話題だ。

*2:ただしもちろん、「アイスランド人はこんな奴らじゃねえ」と言われるリスクを、原理的に抱え込んでいる。個人的には、アイスランド人観の当否ではなく、作品内に提示したその《定義》を、登場人物と有機的に結合させた心意気を買いたい。