不壊の槍は折られましたが、何か?

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ストリンガーの沈黙/林譲治

ストリンガーの沈黙 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

ストリンガーの沈黙 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

 『ウロボロスの波動』の続編である長編。一部、主要登場人物が引き継がれている。軸は三つある。前作でも登場したエネルギー転送構造物《ウロボロス》(直径4,050km、中心にはブラックホールあり)に異常振動が生じ、崩壊の危機に瀕する。同じ頃、《ウロボロス》や宇宙で培った科学技術によってもたらされる富により、今や地球よりも経済力を持つに至ったAADDの裏をかき、地球の国連はAADDに戦争を仕掛けようとしていた*1。そして人類文明圏最果てのステーション、シャンタク2号は、未知の知性体(?)ストリンガーとのコンタクトを試みていた。
 メインファクターは、上記3軸の記述順に、システム内で発生してしまったAI、異なる文化背景を持つ人々の対立(と言うよりもほぼ一方的な敵視)、そして精神のありようが人類とはまったく異なる知性体との邂逅である。いずれも認識と相互理解の物語と理解できる。それが緻密なハードSFの意匠をもって、スケール豊かに語られるのであった。非常に素晴らしい。
 さて、全編には、発想が卑しい地球陣営vs非常に理智的なAADD陣営、という構図が見て取れる。AADDを理想化し過ぎだとして攻撃する読者が出そうだが、ちょっと待って欲しい。この物語は、テーマがテーマなので、明快過ぎるとさえ思われる対立軸を設定した方がスッキリまとまる。「人間は一人の中にも、長所も短所も矛盾しまくりな状態で持ったままなのですよウム」という一見《小説的に正しい》スタンスを導入した瞬間、『ストリンガーの沈黙』の行き届いた整理整頓ぶりは、致命的に崩壊するのではないだろうか。それが小説家の腕だとする人間の意見は、個人的には受け付けない。少なくとも、今は。
 というわけで、林譲治は、名作『ウロボロスの波動』の質をまったく落とすことなく、今回も素晴らしい物語を紡いだ。単純に感謝と敬意を表したい。

*1:法的解釈において、AADDは太陽系を不法占拠している人々に過ぎず、主権国家たり得ないため、戦争ではなく治安維持活動と位置づけられる……らしい。よって不意打ちしても全然OK。作者はなかなか芸が細かい。