不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

天使の帰郷/キャロル・オコンネル

天使の帰郷 (創元推理文庫)

天使の帰郷 (創元推理文庫)

 マロリーが帰郷した。そう、ニューヨークに一人でやって来て10歳でマーコヴィッツに拾われる前、《氷の天使》ではない《天使》であった頃、実母と共に住んでいた田舎町デイボーンに。しかし、町に着いた途端、郊外に本拠地を構える新興宗教の教祖が殺される事件が起き、マロリーは町の保安官(昔の知り合い)に捕まってしまう。一方、恋愛感情に突き動かされるチャールズは、彼女を追ってデイボーンに乗り込んで来る。
 15年前に母を殺した犯人を探すため、帰郷したマロリー。今回の主役は、誰が何をどう曲解したところで彼女であり、他の登場人物は彼女自身のドラマを彩るに過ぎない。しかしこの期に及んでもなお、マロリーは自らの内面を顕わにしない。氷のマスクに罅が入り、そこから奥の感情が垣間見える場面もある。しかし大枠においては踏み止まるため、その精神とトラウマの全貌を、他の登場人物や読者は推察するしかないのだ。従ってマロリーの基本的な性格は、彼女の過去をメインに据えた『天使の帰郷』を読了後もなお、我々読者の従来のイメージから大きく乖離しない。そしてそれが正直いじらしくもある。
 というわけでマロリー中心に進みつつ、主役以外にも印象的なキャラは多い。レギュラー陣ももちろんだが、特に、マロリーの実家の隣人オーガスタ、新米警官リリスの二人の女性像が活き活きしていて素晴らしい。自閉症の青年とその母親も印象的。一方、新興宗教側の登場人物の造形は、インパクトが弱いというか、筆がそれほど割かれておらず、類型的な側面も強い。この物語はマロリー及びマロリー側の人間のものである、ということを端的に示している。
 小説・ミステリとしての構成もいつも以上に磐石であり、ドラマトゥルギー面でも魅せてくれます。都会NYではなく、こういった町を舞台にした方が、キャロル・オコンネルの筆は冴え渡るんじゃないかなと思った。いずれにせよ、この作品を読むためにマロリー・シリーズの前三作を読む価値はある傑作。というか、前三作がないとここまで楽しめないはずだ。結局サーガということなのだろう。近年お薦めしたい海外シリーズの5指には入れたい。