不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

真冬に来たスパイ/マイケル・バー=ゾウハー

Wanderer2005-11-09

 私は太古の昔、以下のような会話を展開してしまい赤っ恥をかいた。

某後輩:『真冬に来たスパイ』面白かったですよ。
さすらい人:『寒い国から帰ってきたスパイ』の間違いじゃないの?
某後輩および同席者の一部:いやいや、そういう小説があるんすよ(何も知らねえなこいつウププ)。

 『真冬に来たスパイ』は今回初めて読むが、上記のように、私としては因縁の作品である。
 もう引退した老スパイが、祖国イギリスに戻って来て《自分はソ連のスパイだった》と告白するテレビ番組に出演する。しかしイギリスに着いてからというもの、狙撃されたり昔の仲間が殺されたりと、身辺どうも穏やかでない。仕方なく彼は自分が何に巻き込まれたのか(或いは昔から巻き込まれていたのか)を探り始める。
 前作までに比べ、ぐっとシックな作りになっていてびっくりした。もちろん現在進行形のサスペンスはあるし、背後に潜む謀略も例によって手が込んでいるけれど、基本的には、老スパイが過去を振り返る物語として整理できる。バー=ゾウハーはこれまで、青年層を主体とする、劇的かつ典型的な謀略冒険ものを書いていたわけで、本作のように、老人の回顧・懐旧・惜別等々の情を前面に出すとは意外であった。なかなか面白かったし、良いんじゃないでしょうか。
 ただし、比較に意味がないことを承知で書くと、この手の情感であれば、ル・カレやトマス・H・クックが(それぞれ方向性は全く違うとはいえ)圧倒的優位に立つ。バー=ゾウハーには酷かも知れないが、ル・カレやクックを通過した我が身には強力なアピールに欠けると思いました。……しかし、このレベルの作品に言い掛かりを付けられるなんて。まさに旧刊主体読書の面目躍如たるものがありますね。