イーヴォ・ポゴレリチ
- イーヴォ・ポゴレリチ(ピアノ)
うっひゃああああああああああ!!!!
薄暗い照明。異様に遅いテンポ(緩徐楽章ではメロディーが追えない)。強烈な打鍵。絶美の弱音。それらが相俟って会場には、異様な緊張感が立ち込める。張り詰めた空気の中、最早ショパンでもスクリャービンでもラフマニノフでもなくなった音符たちが蠢き、ぶつかり、煌き、沈静する。旋律を美しく歌うことをほぼ完全に放棄し、サウンドそのものに全てを賭ける。凄まじい骨太さと、圧倒的な繊細さが、何の矛盾もなく共存した二時間弱。*1
恐らく、作曲家や作品・スコアを最上位に置く人や、自分のイメージするピアノ奏楽を後生大事に抱え持つ人種にとっては、受け容れ難いばかりか許し難い演奏だったと思う。事実、後ろのご婦人二人連れは、困惑しながら前半で帰ってしまった。会場でも、同行者と議論していた人多数。私もまた困惑したが、しかしそれでもなお、あれは紛れもなく素晴らしい音楽であったと確信している。《魅力的な旋律》の素晴らしさは幾重にも認めつつ、しかしそれを放棄することで初めて見えてくるものもある。世間や客を一切顧慮せず、自らの世界にのみ向き合ってこそ、初めて到達できる世界もある。常に何かが噴出しているようで、そして極度に重苦しい雰囲気。私が聴いてきた音楽の中でも、今日の演奏会が最もディープだった。これを体験できただけでも私は満足である。
*1:休憩を除く実演奏時間。いかに異常だったか、わかる人にはわかるはずである。